Grasp a hand -2-



その日は非常に天気がよかった。思わず空を見上げ、微笑む人も多い。
もそのうちの一人だ。

「ヨシノさ〜ん。洗濯物、洗い終わったよっ!!」

「ありがとうございます、ちゃん。助かりますわ」

褒められて、少し赤くなる。
あれからは特に問題も起こらず、順調に回復していった。
全快した後は、誰に言われるわけもなく、城内の仕事を手伝ってまわっていた。
色々な人々と関わっているうちに、ここが全くの別世界だという考えに至った。
まぁ、何となく予想していたから、あまり驚きは無かったが。
とりあえずはここに暫く暮らさせてもらう事にした。
他に行く場所がないのもそうだし、何より元の世界に帰るには姉の力が絶対必要だ。
だったらむやみやたらと歩き回らず、この絶えず情報の入る城で待っている方が得だ、と思ったからだ。

「これから何をするの?もう少ししたらハイ・ヨーさんが新しいおやつの発表するって言ってたから、食べてみたらどうかしら?」

ヨシノさんがニッコリに教えてくれる。
何となく、天使の笑顔に見えるのは気のせいだろうか。
ハイ・ヨーは最近ここに来た、大衆食堂のオーナーだ。
時たま子ども達向けに新作おやつを披露してくれる。ちなみにそれはどれもこれも絶品だ。

「あ、はい。じゃあこれからホウアン先生のところに行ってから、トウタと行ってみます。今回のおやつ、どんなのかな〜?この前はあんみつっぽくて美味しかったなぁ」

「やっぱりおやつの事を考えると、子どもって皆そんな顔をするのねぇ。さ、ここはもう平気だから、早くホウアン先生の所に行ってらっしゃい。他の子たちに全部食べられちゃうわよ?」

確かに。お試しおやつは早い者勝ちなのだ。ゆっくりなんてしていられない。

「はいっ!じゃあヨシノさん、また手伝いにきますねぇ〜!!」

物凄い速さでは駆けて行く。あっという間に見えなくなってしまった。
ヨシノさんは笑顔で手を振りつつ、が持ってきた洗濯物を干し始めた。








「ホーウアン先生!!お手伝いに来ましたー」

は勢いよく開けたい気持ちを抑えて、ゆっくり扉を開いた。
前それをやったら、ホウアンに2時間も説教を食らったのだ。
今日も医務室は大人気だった。この前、ちょっとした戦闘があったからかもしれない。

「あぁ、さんですか。そこで掛けて待っていてください。先に診察から始めますから」

ここに来たのは手伝いだけが理由じゃない。
ホウアンはの体を心配して、一日1回、診察を行ってくれているのだ。

「は〜い。あ、先生。トウタは??」

「トウタですか?先程お使いを頼んだので、サウスウィンドウ市に向かってると思いますよ」

「え゛。居ないの!?」

予想外の台詞を聞いてしまった。
思わずは考え込む。この前、今度の新作おやつは一緒に食べようと約束していたから。
こうなったらさっさとお使いを終わらせる他に選択肢は無い。

「………ねぇ先生。まだその人たちの治療、時間がかかるよね?私の診察まで、まだまだかかるよね?私トウタのお手伝い行ってくる」

そう言ったにホウアンは驚いたというか困ったような顔をした。

「え…、でもサウスウィンドウまで結構距離がありますし、何よりモンスターが出るんですよ?」

「それだったら尚更大変じゃないですか!トウタは私より小さいんですよ?じゃ、行って来ますっ!」

ホウアンの止める声も聞かず、はだぁぁぁっと駆けて行ってしまった。もう声の届く範囲に姿を見ることはできない。

「…トウタにはチャコ君が付いていってるから、平気だと思うんですが…」

逆にの方が心配だ。だが自分が行っても何の役にも立たないことは目に見えている。
その時、丁度良い人物が医務室の前を通りかかった。

「!!天の助けとはこのことです!!スイマセン、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんですが…」

ホウアンはその人物に駆け寄った…。










「うーん、『サウスウィンドウ』って言うくらいなんだから、南にあるんだよね?そろそろ着いてもいいとおもうんだけど…」

ここまで来て、テンプルトンに地図を借りてくればよかったと後悔する。
それにしても、意外にモンスターが多くてビックリした。
には戦う術がないので、出会った場合、全速力で逃げる。
ちなみに、走る事でが負けた事は、生まれてこの方1回もない。
少し歩くと、ちょっと高い丘が見えた。

「あそこに登れば、いい加減街が見えてくるかな?」

はその丘を一気に登った。
確かに見晴らしは良かった。しかし、切ない現実も見えた。

「…あれ?もしかして、あーーーっちの方に見えるのが、サウスウィンドウ?…私、随分道から外れちゃってた…ってこと?」

思わずめまいがする。これじゃあ追い付くどころか目的地に着くことも難しい。

「あー…、どうしよー…」

思わず木にもたれ掛かって愚痴る。言っても仕方がないのは分かってるけれど。

「…お姉ちゃん、元気にしてるかな」

こうやって静かで誰も居ないところにいると、どうも考えてしまう。
彼女に限って『もしも』という事態は想定できなくても、不安になってしまう。
何処にいるのかも検討がつかないので、探しようがない。
それに姉を見つけないと、もしかしたら自分は一生帰れないかもしれない。
数々の魔法実験に巻き込まれたが、姉も、というのは異例だ。この後何が起こるか想定できない。
だが、そんな風に考えるのはとっても怖い事だ。
だから考えないようにしておいたが、一人になって、直ぐに思い出してしまった。
デュナン城の人々は皆優しい。だけど。

「…少しくらい、家が恋しくなっちゃうよ…」

子どもだっていう事は分かってる。だけど寂しくなってしまうのは仕方の無い事だと思う。
それに、別にいい。誰も聞いていないのだから。
そう考えていたの目論見は、失敗に終わってしまう。上から声がして。

「…うん、僕も偶に本当に恋しくなるよ、僕の家が」

「…えっ?誰…どなたですか??」

急いで顔を上に向けて、目に入ってきたのはより少し上くらいの歳の少年だった。
何となく、『西遊記』の孫悟空を思い浮かべるような衣装の。
少年は人の良さそうな笑顔をに向けて、隣に座ってきた。

「僕もね、家が恋しい。そんな風に言うと、シュウに怒られるから、人前じゃあ絶対言わないけどね」

何となく、自分と似ている気がした。
少年の話はまだ続く。は黙ってその話に耳を傾けていた。

「でもそれが凄く辛くて、何もかも止めたくなる。でもそんなわけにはいかなくて。…何か嫌だよね、弱い自分がさ」

「………じゃあ、何で私には話してくれたの?」

誰にも言わないなら。嫌だと思っているなら。

「…だって、君も僕と同じじゃない。『さみしい』って気持ちを、必死に人目から隠そうとしている」

二人は頑張って心を抑えようと、背伸びをしている子ども。
何となく判った気がした。意外にもそう言われて、嫌な気はしなかった。
少年も、と同じだからか、それともこの少年の癒しのような笑顔のせいか。
よいしょ…と言いながら少年が立ち上がり、に手を延ばす。

「さ、帰ろう。僕達の『今の家』にさ。本当の家には、家族には敵わないかもしれないけど、嫌なものではないから。だって待っていてくれる人がいるから」

そうだ、嫌な気はしない。それよりも、温かい。
は少年の手を借りて立ち上がる。風が丘を吹き抜ける。

「…そうだね。帰ろうかな?トウタたちに追いつけそうな気もしないし。…それにしても、何で私がデュナン城で暮らしてる事知ってるの?っていうか、貴方誰?会った事、ないよね」

少年は笑顔を絶やさない。それは癖だろうか。

「そっか、自己紹介がまだだった。僕は、。君が飛び出した後、医務室の前を通りかかって、ホウアン先生に君の事を追っかけるように頼まれたんだ。トウタ君なら大丈夫だよ、チャコが一緒に付いて行ってるから」

「そうなんだ。ありがとう、来てくれて。私は。最近デュナン城に来たんだよ。何だかどっかの洞窟の前に倒れてたみたいで。ここの兵士の人に助けられたの」

そこまで言って、は少し考え込む。
この少年、今自分の事を「」とか言わなかっただろうか?
流石にその名前は知っている。何せデュナン城の主と同じ名前だ。

「…もしかして、あの、軍主さんで、城主さん?」

「うん。今はそういう役職についてるよ。頼りないけどね」

「へえぇぇぇ、若いって聞いてたけど、本当に若いんだ…」

まじまじとを見つめる。どこにでも居そうな、普通の少年だ。
それがどうしてこんな同盟軍だかなんだかの軍主になったのだろうか。

「若いって…。君の方が若いよ。…それにしても、何でイキナリ飛び出したの?」

の質問に、は思考を停止させる。
そうだ、そうだった。大切な用があるから今ここに居たのだ。

「あぁーーーーーー!!!!そうだ!スッカリ忘れてた!!!今日ね、ハイ・ヨーさんの新作おやつの発表なのっ!!それをトウタと一緒に食べる約束してて、だから迎えに…」

その答えを聞いて、は苦しそうに笑った。少女の歳相応の表情が、何故か面白くて。

「何で笑うのっ!?…っあーもう!!さんっ!早く帰りましょう!!本当に無くなっちゃう!!トウタ、もう帰ってるといいんだけど…」

「ごめんごめん。トウタ君達なら大丈夫だと思うよ。ここに来る前に会ったから」

つまり、もうとっくにデュナン城についているという事で。
ハッキリ言えば、がここまで来る意味は全くの無意味で。
心の隙間から風がぴゅーと通り過ぎていくような気分になった。

「………やっぱり私、足手まといだったのね…」

「そんな事ないよ、なんて言えないけどね。まぁいいじゃない、失敗する事だってあるよ。それに僕も気分転換の散歩になったし。サボれる口実が出来てラッキーだと思えば全然平気だよ」

「………軍師さんが聞いたら泣くよ、それ」

「いいの。普段は僕が泣かされてるんだから。さ、本当に帰ろう。暗くなったら結構厄介だしね。まだここら辺に王国軍が居ないとも限らないんだし」

王国軍は、確か敵。とは頭の中で変換する。
逃げ切る自信はあるが、あえて危険な事をする必要は全く無い。
それより、ハイ・ヨー特製の新作おやつである。

「うん!行きましょ、さん。一緒におやつ、食べに行きましょう。絶対美味しいもん。それに、さんも子どもだから、タダでもらえるよ」

は息が詰まった。
今、自分の身分を聞いて、ただの子ども扱いしてくれる人は何人居るだろう。
皆は、結局自分を『軍主』として見ている。
それは仕方の無い事だ。戦争中だし、期待されているのも分かっている。
それでも、自分をただの、まだ小さい子どもだと思ってくれるのは。
きっと心優しい姉と、目の前の少女だけ。

「…ありがとう…」

はそうつぶやいた。少女には決して聞こえないように。
キチンと言うには、少し恥しかったから。
そして2人は一気に丘を駆け下りた。












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同盟軍編2話。もうホームシック気味な妹ちゃん。
でも、ホームシックになるのって、結構どこかに行って始めの方じゃありません?
結局その後は全然平気になっちゃう…ってパターンが多いんですよ、私は。
やっと2主君登場。彼もホームシックらしい。私の中では。
でも帰ることは出来ない、という共通部分に、お互い慰めあってたり。


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