Grasp a hand -3-



トゥーリバーの攻防戦の後は、比較的このデュナン城は穏やかに時間が過ぎていた。
随分とこの地に住まう人数も増え、だんだん賑やかになっている。
とても王国軍に立ち向かう為の拠点とは思えない程である。
殺伐とした雰囲気は皆無であり、日のあたる場所ではいたるところで子ども達の笑い声が聞こえた。
だが、その笑い声をかき消すかのように女の子達の黄色い声援が城を包んだ。
本日、女の子達は全員、酒場にいた。
普段は決して子どもは入れてもらえない。
だが、この日だけは特別だった。
たくさんの女の子のに囲まれているのは、リィナだ。

「リィナさんっ!!次は私を占ってっ!!!」

「やだっ!!私が先よっ!!」

「どーしよー…、相性が悪かったら…」

などなど。
一発で何の話か分かるような叫びである。
1ヶ月に1度、リィナさんは少女らの為に、占いをしてくれていた。
年頃の女の子達は、とにかく色々気になる。
占いなどが爆発的人気を呼ぶのは、どの世界も共通していた。
その輪の中に、も居た。

「凄いなぁ、リィナさん…」

例にも漏れず、も占いとかそういったものが結構好きだった。
あちらの世界に居た時も、色んな占いの館だとか占いの本とかで友達と占っていた。
それが当たっていても、当たっていなくても、それはそれで楽しいのだ。
だが、リィナの占いはそれらを凌ぐほど凄かった。
百発百中、とにかく当たるのだ。
もしあちらの世界にリィナが行けば、確実に売れっ子占い師になってるだろうと密かに思う。
とりあえず、ここ1ヶ月の天気予報と、1ヶ月の運勢を先程占ってもらった。
リィナの占いの結果では、天気は中盤まとまった雨が降るくらいで、後は晴天。
運勢は悪くわないけど良くも無い。日々に刺激を求めると吉、という結果が出た。
しかし、少女達の本番はこれからだ。
一番知りたいのは、まぁ、この年頃には特有の、恋愛についてである。
日に日に人の集まるこのデュナン城には、少女達の恋心を目覚めさせるには事欠かなかった。





3時間程も、酒場は女の子専用状態になっていたが、ある程度占い終わると、少女達も随分姿を消す。
大抵は、先刻占ってもらった事を実行しようと勇み出て行った。
今ここに残っているのは、ナナミ・アイリ・アップルそれに
この4人は、まだ残ってリィナに占ってもらっていた。

「うふふふふ、じゃあ次はアイリと様の相性について占ってあげましょうか?」

「い…いい!!そんなの占わなくていいからっ!!!」

「あらあら…。照れちゃって、可愛いわね…」

姉にからかわれて、顔を真っ赤にするアイリ。
たった1つしか違わないのに、この余裕の差は何だろう。

「じゃあさ、リィナさん!アップルちゃんを占ってあげてよ。アップルちゃん、今来たばかりなの」

ナナミがぐいっとアップルをリィナの前に押し出した。
どうやらやっと仕事が一段落着いたところで、ナナミに捕まったらしい。

「わ…私は、別に…」

「いいからいいからっ!!ねぇ、いいでしょ?リィナさん」

「えぇ、構わないわよ。じゃあそこに腰掛けて頂戴…」

リィナに薦められた椅子に、ナナミがアップルを無理やり座らせる。
そしてテーブルの周りでアイリ・ナナミ・は興味深そうに占いを見つめる。
綺麗なカードが質素なテーブルに並べられる。

「まずは、相手のお名前を教えてくださるかしら?それでなければ容姿や、どんな人柄なのかを」

「だ…だからっ!!そんな人居ませんっ!!」

真っ赤になりながら言っても、説得力はまるで無い。

「大丈夫よ?ここで聞いたことは誰にも話さないもの。ねぇ、そこの3人も…」

怖くは無い。だが有無を言わせない威圧が、3人の頭を縦に振らせた。
しかしまだアップルは「でも…」と詰る。
そこでが助け舟を出した。

「ねぇアップルさん、『好きな人』とか『特別な人』じゃなくて、『気になる人』でもいいんじゃない?それって、普通の人と一緒ではないでしょ?それってきっと、『特別になりそう』って事だもん」

そう言ったのは、今の自分がきっとそうだから。
急に好きな人、と言われてもには分からない。
大切な人と言われたら親兄弟なのだが、それとはまた別の『好き』はまだの中には無い。
の言葉に、「それなら…」と反応が返ってくる。

「…気になるんだったら、あのその、シュウ兄さんと、あと…ここには居ない人が…」

「おぉ!!」とナナミが嬉しそうな顔をして盛り上がる。
他人の恋事情は、年頃の女の子にとって、何よりの楽しみだ。
本人にしたら一大事の話なのだが。

「名前はいえないんでしたら、その人の雰囲気だけでも教えていただけないかしら?」

出なければ占えないらしい。
アップルは焦ったようにその人物を頭に描き始めた。
顔はトマトのように真っ赤だ。

「えーっと、…自分勝手で遊び人で、女好きです。…昔から」

「…アップルちゃん、そんな人の何処がいいの……」

ナナミはそう言い、アイリは渋い顔をしている。
としては、もしかしてアップルさん、悪い男にだまされてるんじゃぁ…なんて考えていた。

「あ…、でも、優しいの。…私が辛いって思ってると、何も言わず隣に居てくれるような…。甘えさせてくれて、甘えてくれる…そんな人なんです」

たちだけでなく、リィナまで目を丸くさせた。
あのアップルがここまで思ってる人がいたなんて。
意外だ。心底意外だ。

「…アップルちゃん、それってもう既に恋心って言わない…?」

ナナミのツッコミに一同が肯く。
しかしアップルは一向に認めようとしなかった。
どうやら認めたくない理由があるらしい。どうにも話したがらなかったが。

「…まぁいいでしょう。大体どんな人かもわかりましたし。その2人について占ってみましょう」

そんなこんなでいよいよリィナの占いが始まった。
リィナはアップルに何度かカードを切らせ、落ち着いた手つきでカードを並べて行く。
は自分の事でもないのに妙に緊張した。
きっと表情からして、ナナミやアイリもそうだろう。
やがて、リィナの手が止まり、顔を上げる。占いが終わった証拠だ。

「まず…、シュウさんとだけど…。相性はなかなかよ。でも、貴女もシュウさんも、どちらも家族のように思っているようね。でも、決して切れない絆を持っているわ。貴女が違う意味でシュウさんを好きになったのなら、結構上手くいくんじゃないかしら?」

リィナの占いを聞く時は、誰もが真剣な目で見つめている。
言葉の一つ一つを心に刻む、自分の道を確認するように。

「…それと、問題の彼の方だけど…」

皆思わず顔を近づける。
この間が、妙に長く感じるのは何故だろう。
ほんの一瞬のはずなのに、何時間もの時間に感じる。

「相手を、無理に引きとめようとするのは駄目ね。寧ろその間に冷たくしていれば、彼は自然と貴女の事を何時も気にするようになるわ。…それと、貴女にとって彼は、無くてはならない存在になるかもしれないわね。もしかしたら、もうなってるのかも知れないけれど…ね」

その言葉に、アップルの真っ赤な顔は、ますます火がついた様に赤くなる。
正にりんごのようだ。

「よかったねぇーアップルちゃん。どっちにするの?シュウさんとその人と」

ナナミの冷やかしで、更に酷くなる。
アップルは急いで席を立ち、丁寧にリィナにお礼を言い、逃げる様に酒場から出て行った。
ナナミはその後を追いかける。どうやらまだ冷やかしたら無いらしい。
アップルに合掌。

「さて。私はボルカンでも呼んで来るとするかね」

「あら、なら私も一緒に行くわ。…ちょっと、フリックさんにお話があったの…」

そういって、2人も出て行った。
酒場には、一人が取り残されていた。

「どうする。何か飲んでいくかい?アルコールは出せないけど」

店の奥からレオナの声がした。
どうやら少女達のやり取り全てを見ていたらしい。意外に侮れない。

「ううん。私もお夕飯まで、少しぶらぶらしてくる。今日は場所貸してくれてありがとう、レオナさん」

「構わないよ、こっちも面白かったしね」と言って、レオナは夜の準備の為にまた店の奥へと戻っていった。





は階段を駆け上がり、空中庭園へ足を運んだ。
髪をすり抜ける風が心地よい。

「……好きな人、かぁ」

興味が無いわけじゃない。
ただ、今まで恋愛対象になりうる人間に会った事がなかっただけだ。
だけど、今日のアップルを見て、少しだけ、羨ましくなった。

「…何だか、何時ものアップルさんじゃないみたいだった。…こう、何ていうか、可愛いっていうか」

赤くなって、戸惑って。
でも、好きな人(予定)の話をしていると、とても幸せそうで。
それが酷く、羨ましく感じた。
話しているだけで幸せになれる、そんな人の存在が。

「私にも、そんな人が出来るのかな?」

誰も分からない。
勿論、もその問いの答えを期待しているわけでもなく。
ただ、何時か出会えるであろう、その幸せの相手を思い描いて。
少しだけ、恋の気分を味わいたくて。

目を閉じて。

頭の中に響いてくる、歌声。それは。






いつか唄える 恋のうた






―――後日。

華麗にカードを切るリィナの横で、はそれをじっと見つめていた。
なんというか、神秘的だ。
ただカードを切っているだけなのに、さまになっている。
自分の周りには居なかったタイプの人間に、は素直に憧れる。

「…リィナさん…。やっぱり凄いなぁ……」

は思わず感嘆の声を上げる。つい出てしまったのだ。
リィナは本当に感心しているに微笑みかけ、耳元でつぶやいた。

「…なら、貴女にだけ、特別に教えてあげましょうか?占いを」

「うそっ!?本当っ!?」

その言葉に思わずは飛び上がる。

「えぇ。私だって、ある人から教わったんだもの。教えちゃいけない、って決まりも無いわ。初めて教えるんだけどね」

は何度も大きく首を縦に振った。
顔は紅潮している。

「じゃあ私、これからリィナさんのこと、師匠って呼ぶっ!!ねぇ、いい??」

のその言葉に、リィナは最初キョトンとし、次には笑っていた。

「えぇ、構いませんわ。…うふふ、これから楽しくなりそうね…」

は今から張り切っている。
頑張るぞーーっ!!とか言って叫んでいるのを、何事かとレイナがびっくりしていた。
密かにリィナは思っていた。
最初に教えるのは、まずは落ち着くことね、と…。


back    menu    next→