―Grasp a hand 4―



今日も、物凄くいい天気だ。風も爽やか。
だけれどは困っていた。やる事がないのだ。

「ヨシノさんのお手伝いもあっという間に終わっちゃったし(珍しくチャコが手伝ったから)、 ホウアン先生も事足りてる。リィナ師匠はさん達とお使いだし…。あーうーやる事がないよーーー!!!」

にとって、いや、子供にとっての暇は苦痛でしかない。
のんびりする時間が必要と思うのは、大人になってからだ。
不謹慎だが、何か事件でも起こればいいのにと思っている。
とても戦争をしている最中の本拠地とは思えない程の長閑さだった。

「…ま、ここでずっと寝てるのもなんだし、釣りにでも行こー…」

なんともやる気の無い言葉である。
ぼーっとしながら、とてとて湖の方へ向かう。
しかし大浴場の前を通った辺りで、は不自然な人物に遭遇した。

「ったく、この城も無茶苦茶でけぇな。しかも入り組んでるから全然わかんねぇ!!」

そうブツブツ呟いているのだ。
この城では見かけない感じの人だ。
は城の医務室に頻繁に出入りしているお陰で、殆どの人と面識がある。
まだまだ人が少数しか集まっていないからかもしれないが。
だったら最近来た人なのだろうかと、は男に声をかけることにした。

「あの。最近ここに来たんですか?良ければ中を案内しますけど…」

「うっわ!??」

イキナリ声を掛けられて、男はちょっと大げさに驚いた。
しかし、が別段普通の子供だと分かったのか、にっと笑って、「んじゃ頼むわ!」と答えた。
としても暇を持ち余していたのだ、感謝したいくらいだった。









「お兄さんも同盟軍に志願しに来たの?」

歩きながらは問う。男はの少し後ろから付いて来ていた。

「あ…あぁ、そんなもんだ」

ちらっと男を見る。
なるほど、確かに体格はいいし、なかなか強そうだった。
もしかしたら今までも傭兵やら何やらをして生きてきた人なのかもしれない。

「ここがね、酒場だよ。皆ここで何時も騒いでるの。お兄さんもこういうところ好きでしょ? でもレオナさん、怒ると怖いから気をつけなよ」

なるべく小声で忠告する。本人に聞かれていたら、生命の危機だ。
中にはフリックとビクトールが少し遅めの昼食を取っていた。
食堂があるのだが、昼間は絶対にお酒を出してくれない為、酒も一緒に…と思う人達は大抵この酒場に来る。

「お、。お前も酒飲みに来たのか?」

「…馬鹿やろう、は未成年だろ…」

は二人にひらひら手を振った。

「新しく来た人を案内してたんだよ〜。 あ、お兄さん、この人たちは結構偉い人なんだよ。何の役職か知らないけど」

「お前なー。別に俺とフリックは偉いんじゃねぇって。ただ色々雑用を頼まれてるだけだって」

は声を立てて笑った。

「いいんだよ、人望あるんだから。あ、じゃあ他の所にも行くから。じゃあねぇ」

は元気に手を振り、男は軽く会釈してその場を去った。
暫くフリックとビクトールの間に沈黙が流れる。
騒がしいが居なくなったというのも理由の一つだが…。

「なぁ、最近入った奴にあんな奴いたか?」

沈黙を破ったフリックの疑問は、ビクトールと同じものだった。

「まぁ、最近えらい勢いで仲間が増えてるし、分からないのも無理は無ぇけどな」

二人が出て行った出口を、暫く見つめていた。











男―――シードは、少女に気付かれないように胸を撫で下ろした。

(…っ流石にびびったぜ…)

の魔法によってスッカリ人相が変わっているシードだが、内心かなり緊張状態にあった。
何しろ何度か戦場で顔を合わせた事のある人物達に、たった今会ったのだ。
自分が今、何時もの顔ではないという事は分かっている。
しかし、肝が冷えるのも仕方の無いことだろう。
スパイ活動がバレたりすれば、敵の本拠地の真っ只中で無事で済むと思えるほど楽天家でもない。
そういえば、一緒に来た奴は無事なんだろうか。99%の確立でこの状況を楽しんでいるのだろうが。
その後は、特に何の問題も無く少女の観光案内(?)は続いた。
お陰で同盟軍本拠地の内装をある程度把握する事が出来たし、戦力も大体計る事が出来た。
流石に軍主や軍師のいる中枢部まではいけなかったが、かなりの収穫といえるだろう。
日は大分傾いていた。太陽が赤く染まっていく。

「ここよここ。ここが、この時間一番綺麗な場所なの」

最後に少女が案内したのは城のテラスだった。
柵の近くまで駆けていき、両手を広げた。

「ほら、湖に反射して綺麗でしょ。もう一つ水の中に太陽が出来たみたい」

そして水に反射した光が自分自身を照らす。
確かに綺麗な場所だった。

「…あぁ、確かに綺麗だな」

シードが素直に感心する所を見ると、満足したのか、少女は今度は真逆を向いた。

「でもね、私、こういう風景も好きなの。こんな、当たり前の風景も」

少女の目の前には城下町が広がっていた。
そこにはまだ追いかけっこをしている子供達や、家路につく人々もいた。
なんて事無い風景だ。だが何故だか、胸を締めてくるような思いが駆け巡る。

「…最近はこんなんも見る余裕もなかったからな…」

最近は殆どルルノイエに居ない気がする。
この、都市同盟の地に進行し続けているのだからしょうがないが。前線だし。
城に帰れば書類の整理などの事務処理が待っている。
ゆっくり城下を見る暇などあるわけが無い。

「…私もね、本当はそんな余裕無かったの」

少女はシードの顔を見ず、ところどころから煙を出す家を見ながら言う。
その横顔は、先刻までの溢れんばかりの笑顔とは違った。
何となく、哀愁を帯びている。

「私、最近ここに来たから。…しかも急に、自分の意思でもなくて、ただ突然。 でも、ここの人達皆優しいし、私の事、心配してくれるし。 早く元気にならなきゃ、ここの生活に慣れなきゃって思ってた。 だから少し無理しちゃったのかもしれない。 だけどね、ここに来て、こうやって沈んでいく太陽をじっと見てたの。…私が住んでたところと、変わらなかった。 太陽が傾けば、家々からは夕飯のいい匂いが漂ってくるし、鳥達も巣に帰る。 そんな当たり前のことを見て、なんだか平気になったの」

少女が振り返る。
浮かべていた笑みは、何故か神々しく見えた。
こんな気持ちは初めてで、何と言えばいいかわからない。
やたらと緊張して、胸が苦しいのは何故だろう。
けれど、そうこれは。





「ねぇお兄さん、名前なんて言うの?可笑しい話だけど、私達お互い名乗ってなかったわ」

本当に面白そうに、少女は笑う。
先刻の少女と同じ人物とはとても思えないくらいに。

「私はね、っていうの。お兄さんは?」

「俺は、シードだ」

そう言ってシードは顔をしかめた。

(しまった…、つい本名を…)

ここを敵地だという事すら、スッカリ意識の外に追いやっていた。

「へぇ、シードさんって言うんだ。どういう字、書くの?」

は下にしゃがみこみ、棒を拾ってシードに渡した。

(ま、こんなお子様が前線に関わってるわけねぇか。どうせ顔も違って見えてるんだし…)

シードは自分でそう納得し、棒を受け取る。
そして地面に自分の名前をぱぱっと描いた。
決して上手くも無いが、読めないことも無い独特な字がそこには書かれる。

「あ、それとな。俺の事は『さん』なんか付けなくていいぜ。言われ慣れてないせいか変な感じがするぜ」

としては、年上の人を呼び捨てにするのはどうかと思ったが、まぁ本人がそういうので気にしないことにした。
「わかった」と頷いた後、シードが描いた字を不思議そうに覗いた。

「うーん、やっぱり分かんないなぁ。ちょっと勉強しないと駄目かも…」

「はぁ?お前字が読めねぇのか?一応この字、ここら辺で使われてる文字だぜ?」

疑われないように、わざわざ都市同盟で使われている字を使ったのだ。
は苦笑した。

「ほら、私、最近ここら辺に来たから。もう全然字は分からなくて。言葉は分かるんだけどね」

最初は何とかなるかと思ったのだが、字が分からないというのは結構生活に支障があると分かった。
最近では簡単な単語なら何とか(時間をかけてだが)読めるようになったのだが。

「へぇ…、お前も大分苦労してんだな…」

「苦労してるんです!」

実の姉の事とか、というのは伏せておく。
あの人の事だ、捕まえようと思っても掴まるわけ無い。
それにあの人自身、好んでトラブルの真っ只中に行くような人間だ。
きっと労せずして会う事くらい出来るだろう。

「…っと、随分日が暮れてきたな…」

シードがそういうと、も気がついたように辺りを見回した。

「そうだね、そろそろ食堂の方に行こっか。ハイ・ヨーさんのご飯、凄く美味しいんだよ!」

「あぁ…、食いてぇのは山々なんだが…」

そろそろマジで帰んなければマズイのでは?
そうシードが思った矢先だった。
ズンっ!と城が重く揺れた。
は振動でバランスを崩し、シードがそれを支える。

「きゃ?何何?地震???」

誰もが最初はそう思うだろう。
しかし次に聞こえてきたのは爆発音だった。
爆発音のすぐ後にわらわらと傭兵の人たちが城から飛び出してくる。酒のジョッキを持ちながら。
どうやら発信源は階下の酒場のようだ。

「まさか…、アイツ…」

シードはそう言って、勢いよく飛び降りた。

「あ…危ないよ!シード!!」

「大丈夫だって、慣れてっから!お前はそこから動くんじゃねぇぞ!」

本人が言うように10m下に何事も無く着地すると、シードはまだ埃たちこめる酒場へ消えていった。
はハラハラと心配しながら入り口を見つめていた。
先程よりは多少威力が低いものの、まだ中では何者かが暴れているようだ。
暴れる音が大きすぎて、一体何が起こったのか全然分からない。
しかし暫くすると、音は収まった。
それと同時に酒場から一陣の風が吹き荒れた。
そこから飛び出す影が2つ。大騒ぎで。

「ったくお前は何してんだよ!!!見つかったらヤバイって何でわかんねぇんだよ!!!!」

「五月蝿いわね!!!黙りなさいっ!!! アイツが悪いのよ、あの熊が!!!私の一番気にしてる事を言うからぁぁぁ!!!!」

「だからってイキナリ火の玉投げる事ねぇだろ!!しかも特大の奴っ!!!」

「あれでも手加減してやったわっ!!店内であれ以上暴れたら私も危ないからねっ!!!」

皆、一様に顔を星が輝く空に向け、口を大きく開けている。
その事に、影の内の1人、女性の方が気がついた。

「あら、滑稽ねぇ」

「…じゃねぇだろ!!とっととずらかるぞ!!」

「はいはい、五月蝿いわねぇ。分かってるわよ」

やっと煙やら埃やらが晴れて来て、影が姿を現した。

「人だっ!!人が、ホウキに乗って空飛んでやがる!!!」

誰かがそう叫んだ。
それに続いて他の人達も驚きの声をあげる。
しかし、だけは何も言わず、ただ目を丸くして口をあんぐりと開けるだけだった。
ホウキはゆっくり向きを変える、デュナン湖の方に。
すると、は目が合った、シードと。

「………っシードっ!!!!」

他に何も言葉が繋げられなかった。
ただ、名前だけが喉から、口から発せられる。ぐるぐるした思いも何もかも詰め込んで。

「…………」

小さくなる少女を、シードは見つめ続けた。
ただの名前のはずなのに、その響きは特別なものとなる。
理由なんて無い。分からない。
ただ、頭から、彼女のあの笑みが、離れない。
だからシードは気がつかなかった、共に飛んでいる女性が、非常に楽しそうに笑っている事に。
そして遠く離れてしまったから。
の口から、小さく『お姉ちゃん…』とつぶやいた事に。






ただ夜の風が、皆の頬を冷たく過ぎ去った。










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同盟軍主人公+シード編。
名前も知らない相手を案内するのか、というツッコミは抜きで。
ムダに長くなってしまった…。
次から気をつけよう…。
この話は王国軍sideの4話を読んでないと意味分かりませんね。
一応普通に読んでもそれなりに分かるようにしてるつもりですが。
できればそっちも読んでください。
基本的に交互に読むことをお勧めしています。


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