-Grasp a hand- 「…う…ん…。こ…こ、どこ…?」 は身体を捻り、目を開けた。しかしそこにあるのは無限に広がる闇だ。 「わたし…どうしたんだっけ?」 頭が痛い。思い出せない。何故こんなところに居るのかが。 「えーっと、確か昨日は終業式で…」 成績表を渡されて、夏休みに入ったのだ。部活は特にしていないは真っ直ぐ家に帰った。 「そうしたらお兄ちゃんが居て、お兄ちゃん、塾の強化合宿に行くって言ってたよね…。そうだ、だからシーズお姉ちゃんと一緒に帰って来たんだ、ゼファーマに」 お姉ちゃんは昔の友達の所とか行ったりして、は暇だった。だから目指したのだ、一番上の姉の家を。 「あ、思い出した。お姉ちゃんの実験に巻き込まれたんだ。あ〜最悪だよ〜…」 こういう事は初めてじゃない。生まれてこの方何回もあったことだ、故意にしろ他意にしろ。 だけれど不安なものは不安だ。ここが何もない闇だからかもしれない。 「…おーい。誰か居ませんか〜。居るなら是非助けてください〜」 暫く返事を待つが、自分の放った言葉さえ返ってこない。よほど広い所らしい。 「…お姉ちゃん、助けに来てよ…。責任取れ〜」 そう言って実の姉が責任を取った事は1回もない。悪びれたことも、1回もない。 はぁ…、本日何度目かの溜息を吐くと、目の前に光が現れた。 今まで暗かった分、余分に明るく感じる。思わず瞳をそらした。 「…私の名前はレックナート。バランスの執行者とも呼ばれています…。しかし、その私でも分からない存在が、この世界にまた現れました…」 「あのっ!!ここ、どこですか?私、家に帰りたいんですけど!!」 よく言っている意味が分からない。そもそもこの女性はどこから来たのだろうかと怪しんでしまう。 姉みたいな魔女なのだろうか。 親切に自己紹介もしてくれたようだが、その『バランスの執行者』という言葉すら聞いた事の無いのだ。 には理解できる筈も無い。 「…運命の迷い子よ。時に身を任せ、己の運命に従いなさい。それが貴方の進むべき道でしょう…。きっと、光の道へと進む事ができるでしょうから…」 「いや、言ってる事分からないから。それよりここ、どこ?お姉ちゃん何の魔法使ってたのかなっ!?もしかして私、死んじゃったんじゃないよね!?」 の問いに、女性は答えなかった。ただ何も言わず、光と共に消えて行く。 完全に女性の姿が消えて、はまた深い溜息を吐いた。 「何の為に出てきたんだよ、今の人。…運命なんて言葉、痛いだけだよ…」 『それも貴方の運命だったんでしょ』そう言って悪びれもせず、人を巻き込んでいく姉を思い浮かべる。 きっとまた会った時にも同じ台詞を吐いてくれる事だろう。先刻と同じ、深い闇がの視界を支配した。 しかし、闇に変化は起きた。闇の中に、薄い光が道のように照らし始めたのだ。 『こっちにおいで』とでも言うように。 「はぁぁぁ、まぁた変な事に巻き込まれてるよ、私。今度も生きて帰れればいいんだけど…」 に拒否権は全く無い。ただ行くべき道を歩くだけだ。 光る道はが歩けば歩くほど闇を濃く照らしていった。だんだん光が闇に勝る。 光がを包んだ時には、目を開ける事は出来なくなっていた。 ゆっくり、は夢を見るように意識を失っていった…。 風だ。風を感じた。 爽やかとは言いがたいが、強い風が、を吸い込むように吹き抜けた。 意識は覚醒していた。だが動く事が出来なかった。 風邪を引いた時に似ている感じだ。だるくて、足に手に力が入らない。 (…きっとお姉ちゃんの魔法、空間移動系だったんだ…。しかも失敗の。だからこんなに体がだるく感じるんだ…) こういう事は初めてじゃない。 だがこんな所でずっと寝ているわけには行かないだろう。凶暴な動物が居ないとは限らない。 ゼファーマにだって、そういう種族は居る。 もしそういうのが居たらかなり厄介だ。何せ今は身動きできない。格好の餌になってしまう。 (あ。駄目。いし…きが…遠く…) 完全にシャットアウトする寸前、何かがに影を落とした。 ただそれが何なのか確認できず、は意識を失った。 「なぁ、これ、女の子じゃないか?」 一人の兵が、少女に近づく。少女はピクリとも動かない。兵は眉をしかめた。 「まだ若いのに…。戦争ってのは嫌なものだな…」 一緒に来ていた兵が悲しそうにつぶやいた。そして少女を軽く持ち上げる。 「こんなところに一人で埋葬するのは流石に可哀想だもんな。家族と一緒じゃないのは可哀想だが、せめて俺達の本拠地で埋葬してやろう。少しは慰められるかもしれないからな」 「あぁ、天国では幸せになれるといいな…」 彼らは見回りを中断し、新同盟軍本拠地であるデュナン城を目指した。 ここは風の洞窟と呼ばれるところで、彼らの見回り担当地区だった。 城奥に移動された墓地の土を、ざっくりざっくり掘って行く。 ここには何人もの人が埋められているのだ。これから、どんどん増える事だろう。 それが戦争だから。兵だけではなく、一般市民を多く含んで。 しかしその少女に冷たい土が掛けられる事はなかった。 いや、もしかしたらかけられていたのかも知れない。 そこに正軍医・ホウアンが通りかからなければ。 「…おや、この少女は、お亡くなりになったんですか…」 「あぁ、風の洞窟付近で発見したのですが、流石にそこに一人で埋葬するのは可哀想に思いまして、ここまで運んできたんです」 その時、少女のまぶたが少しだけ、動いた。僅かだったが、ホウアンは見逃さなかった。 「!!この少女はまだ息があります!!急いで治療すれば、まだ助かるかもしれない!!!急いで病室まで連れてきてください!!!」 「はっ…はい!!!!!」 兵達はシャベルを放り投げ、急いで少女を病室まで運んでいった。 そしてその後をホウアンも走りながら追いかけた。 ホウアンの治療では一命を取りとめ、数時間後目を覚ました。 「あ…あれ?ここ…どこ…?」 記憶が混乱していると、机で作業をしていたホウアンがニッコリ微笑んだ。 「ここはデュナン城です。貴方は風の洞窟付近で倒れていたのを、ここの兵士達に発見されて、ここに連れてこられたんですよ。よかったですね、無事で」 どうやら助けてもらえたらしかった。まだツキがあるらしい。 「あの…、ありがとうございました。私、っていいます。・ジェライド・橘です」 ぺこりと頭を下げると、ちょっとまた倒れそうになった。それをホウアンが急いで支えてくれた。 「私はホウアンです。ここで医者をしています。さん、随分良くなったみたいですが、まだ寝ていないと駄目ですよ。一時は死んでいると思われていたくらい具合が悪かったのですから。行くところがないのなら、この城に居てもいいですし、ゆっくり体を癒してください」 そう言ってベッドに寝かしつかされる。は言う通りにした。 確かにまだ気分が悪かったからだ。何より優しさが嬉しかった。一人ぼっちじゃない気がいて。 「さ、眠ってください。ここには怖いものはありませんから…」 何か寝てばかりだな、と思いながらも、体を休めるため、は眠りについた。 今度はとても暖かで、気持ちがいい眠りだった。 その日、フリックは試合稽古の最中、誤って相手を怪我させてしまい、ホウアンの元を訪ねた。 「すまないがコイツの手当てをしてやってくれないか?思わず力がはいっちまったんだ」 「えぇ、いいですよ。でも気をつけてくださいね。あと、少々お静かに頼みます。一人病人がいるので」 そう言われてベッドを見ると、見知らぬ少女が一人眠っていた。気持ちよさげに。 「その子、先刻まで危なかったんです。とりあえず命の心配はなくなりましたが、安静が必要なので。……あまり寝ている女性を見つめるものじゃないと思いますよ?フリックさん」 そう言われてフリックは急いで少女から目を離した。 どうも女性相手だと上手くいかない。それが少女でもだ。 「早く、よくなるといいな。…そして、皆が平和に暮らせる日が戻ってくればいいんだが…」 それは本音だった。きっとここに居る誰もが。 「えぇ…。戦争なんてろくなものではありません。子供たちの本当の笑顔が早く戻ればいいのですが…」 その時、少女がパチッと目を覚ました。ガバッと突然起き上がり、両手で自分の体を支えていた。 表情はかなり悪く、顔色も真っ青で生気を感じることが出来なかった。そしてガタガタ震えている。 「どうしたんですか!?さん!!」 ただ事じゃないと感じたホウアンがの肩を掴む。 は目の焦点を合わせずに、震える唇を微かに動かした。 「…一杯の命が…、消えていく…。哀しい声が…一杯聞こえる…。死にたくない、生きていたいって…。でもこの街を守らなきゃって…。何処か遠くで、一杯の声が…っ」 の耳に入ってくる。まるでその場に居合わせたかのように。怖くて目をつむる。 しかしその声が途切れる事はなくて。涙を流しても、心の血は止まらない。 「っフリックさん、そこにある麻酔を取ってください!!これ以上は彼女の精神が危険です。急いで!!!」 「わ…分かった!!…っとこれか!?」 フリックはホウアンに麻酔を手渡すと、ジッとそれを見つめていた。 はホウアンに麻酔を打たれ暫くすると、震えを止め、寝息が聞こえてきた。 思わず2人して安堵する。 「一体どうしたんだ。『声』って何のことだ?」 「子供は感性が鋭いですからね。何か感じたのかもしれませんよ。でなければ、よほどの戦火から逃げてきて、それを思い出してしまったのか、ですね」 「ならコイツの家がリュ-べやトト、ミューズって可能性もあるな」 「…えぇ、暫くこの城で預かった方が良さそうですね」 2人はもう一度を見る。は昏々と眠っていた…。 -------------------- とうとう始めてしまった、幻水夢…。こっちは妹編。 ちなみに主人公たちはトゥーリバー戦で不在中。 |
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