my world 〜It compares a drinker!〜



それは夕刻。もう日も沈みかけた頃だ。
普段は静かな皇子の執務室を大きな爆発音が静寂を破った。

「…またあいつか…」

異質なその爆発も、既に慣れたものになってしまったのはある意味由々しき事態だ。
だが、その爆発を引き起こした当事者に何度言っても、その行為を止めようとしない。
もう半分以上この部屋の主、ルカは諦めかけていた。
決して折れるという行為をしない、狂皇子がだ。

「ねぇルカ。そろそろ仕事も終わるでしょ?これから私に付き合って頂戴」

今回ぶち壊されたのは、執務室の大きな扉だった。
どうやら鍵をかけておいたのが、失策だったらしい。

「…まだ終わらないから無理だ」

こいつに付き合わされることはろくでもない事に決まっている。
しかし、こんな事で諦めるような奴ではない。分かってはいたが。

「じゃあ今日はそこで切り上げて。ルカには私のセコンドになって欲しいの」

聞きなれない言葉が出た。
一体コイツはこれから何をやらかそうというのだ。

「…何を言っている?お前は…」

目の前の女は頭に?を浮かべて、俺を見る。
浮かべたいのはこっちの方だ。

「何って…。これから試合、シードと」

全く頭が痛くなる。
何時の間にシードと知り合ったのかも気になるが、いきなり試合とは。

「…お前は、シードに勝てると思ってるのか?」

「勝てるわよ。私、勝ち目の無い勝負は挑まない性質だし。寧ろ負ける要素すら見当たらないわね」

だからと言って、なんで俺がコイツの勝負に付き合わなければならないのか。
全くもって不可解だ。

「アイツの剣の腕は一流だぞ。お前が勝てるとはとても思えないが」

そもそもコイツに剣が握れるとは思わない。
もしやコイツの使う、魔法と剣で勝負するのか?

「あぁ。その辺は大丈夫。酒飲み対決だから」

「……くだらん」

酒飲みなど、本当にくだらん。
しかもそれに俺が関わらなくちゃならんのが、まず嫌だ。
しかしその辺をキチンと聞くような女ではない、は。

「理解完了?じゃあ行きましょう。先方を待たせるのも如何なものかと思うからね」

「おい、俺はまだ行くなんていってな…っ!!!」

俺の腕を握ったまま、は執務室の窓から飛び立った。
……不本意ながら、初めての空中ダイブを体験した…。






「ふ…遅くなったわね…」

「何だよ、自分から言い出したってのに。余裕の遅刻か?」

魔力を解除して降り立ったのは、街の小さな酒場だった。
その店の前には、見慣れた2人組が立っている。
挑戦的な目でを見ているシードと、その傍らで常に変わらない冷静面をしているクルガン。
どうやらシードに無理やり連れて来られたらしい。
多分理由は、俺がここに居る理由と同じだろう。

「ま、そんなところよ。謝るなら今のうちよ?今ならまだ土下座とこれから私の事を様付けで呼ぶ事で許してあげる」

「けっ!誰がんなことするかってんだ。お前こそ謝るなら今のうちだぜ?俺は無茶苦茶酒に強いからな」

…店に入る前だというのに、2人の目から火花が飛び散る。
その2人の様子に、おそらく酒を飲みに来たのであろう平民達が、そそくさとその場を立ち去って行く。
営業妨害で訴えられないうちにとっとと店に入りたいところだ。

「2人共、その辺にしておけ。殿下が呆れられておられるぞ」

そう言ったクルガン本人の方が、呆れていたのは俺の気のせいでは無い筈だ。
しかし、その言葉にシードは激しく反応した。
寧ろ一瞬で青ざめたように見える。

「ででででで、殿下っ!!??…っずりーぞっ!、殿下を連れてくるのは反則だろっ!?」

「あら。セコンドが必要って言ったのはシードでしょ?私はそのセコンドを連れて来ただけよー」

「シード、五月蝿いぞ。民衆に気付かれるから小声で話せ」

「だからって、何で殿下なんだよっ!?そもそもおかしいだろ、王族をこんな所に連れてくるなんて!!」

「だって、私、貴方達とルカとジルしか知り合い居ないもん。流石にジルを連れて来る事を躊躇った私の理性を称えて欲しいものだわ」

威張るな。そんな事で。
…だが、確かにジルを連れて来られるよりはマシだったかも知れない。
アイツなら何も考えず、「まぁ楽しそうですわっ!!」とか言って付いて来そうだ。
いやきっとそうなるだろう。

「じゃ、そろそろ入りましょ?勝負がつかなくなっちゃう」

「…うー…殿下と一緒に酒を飲むことになるとはー…」

「シード。滅多にない機会だ。楽しんでおけ」

「…楽しめるかよ…」

「ふ…嫌がらせに決まっているだろう」

「……ほう…シード。俺と酒を飲むのがそんなに嫌か」

「い…いえ!!謹んでお受けいたしますっ!!!」

「何やってんの、3人共。席とれたから早く来て。おじちゃん。メニューに書いてあるお酒、上から下まで片っ端から持ってきて!!よろしく!!!」

…俺はこういう場に来るのは初めてだから余り知らないが、普通こういう頼み方をする奴はいるのだろうか。
いや、居ないのだろう。
だから店内の男達が目を丸くして俺達を見てるのだから。
店の店員も驚いたようだが、とりあえず注文された酒を取りに大急ぎで戻って行く。

「では、これから殿VSシードによる酒飲み試合を始める。どの度の酒を飲んでも構わない。結果多く飲んだ方の勝ちだ。勝敗は空けたグラスの数で決める。グラスは統一大ジョッキ。ちなみに制限時間は基本的になし。酔いつぶれるまでが勝負だ」

いつの間にかジャッジの役目まで果たしているクルガンがそう言うと、がニヤリと笑う。

「んで、負けた方が勝った方の犬になるのよ。忘れないでよね」

「……絶対お前に3回周ってワンって言わせてやる…っ!!」

「おほほほほほ、ナンセンス、ナンセンスだわ、シード。私なら街に買い物行くときに連れて行って、店に入る時に近くにある街灯に紐で括り付けるくらいしてやるわっ!!」

どちらも比べるものではないような気がするが。
そうこうしている間に、先刻頼んだ酒がどんどん運ばれてくる。
ハッキリ言って、傍にいるだけでかなりキツイ匂いだ。

「では殿下。殿下は殿が飲んでいるジョッキが空になったら、新しいジョッキを渡してください。飲み終わったジョッキは後ろのテーブルにお願いします。…では、飲み比べ開始」

何時までも冷静なクルガンの一言で、とシードは共にいっきにジョッキの中を飲み干す。

「「次っ!!!!!!!」」

は俺に、シードはクルガンに、勢い良く手を突き出す。
何でこの俺が、こんな女に使われなくちゃならないのだ。
そう思いつつ、手短にあったジョッキをに手渡した。
そしてそれも勢いを落とす事無く、飲み干していった。
…勝負の決着がつくまで、俺はこうしてなくちゃならんのか?






………わけのわからん対決が幕を開けて、約3時間という時が経った。
の手にもシードの手にもまだ半分ほど残ったジョッキがある。
俺の後ろとクルガンの後ろには、無数の大ジョッキが山となって転がっている。
いつの間にか周りで騒いでいた者たちも消えている。
店内にはポツリポツリ客が居るくらいだ。
それもそのはず、この店の閉店時間はもうすぐに迫っていた。

「うふ…うふふふふふ。シーーード、もー終わりーーー??弱っちーわねぇ。私はまらまらいけるわよ?」

「ぬかへっ!!おれだって、まだまだ飲めんだよ!おめぇこそ、ろれるが回らなく…あり?ろれろ?」

「ろれつ、だ。シード。そろそろにしないと明日の勤務に差し支えるぞ」

「うるへークルガン。おりゃーコイツにだけは負けられないんろ。犬なんかになって、たまるかーーーー」

「なぁぁに言ってんのよ、わんちゃん。わーーたしの勝ちに決まってんでしょーーー」

「…どっちもどっちだ」

後半になって、流石にジョッキを空けるペースが遅くなってきたが、
2人はまたぐいっとジョッキに残っていた酒を飲み干す。

「あららー?シード、もうお休みかしらーーーー?お子ちゃまですねぇぇぇぇ」

の言うとおり、シードは先刻のでとうとう限界が来たらしい。
ずるずると座ってた椅子から転げ落ちていく。

「うるへぇぇぇ。こんな馬鹿女に負けるなんて、…シード様の…気がすま…」

次の瞬間には、床で大いびきをかいて寝ていた。

「おほほほほほほ!!!勝ったわっ!!勝ったvvv」

「えぇ、ジョッキ本数を数えたところでも、現在殿が3本多くなっております。勝負がつきました」

「やったわルカっ!!!こーーーれで、シードは私の犬よ犬!!わんちゃんよ!!!あはははは、明日からどんな無理難題吹っかけようかしら!!!」

「…軍の仕事に差し支えるような事は絶対にするな」

それだけ騒いだも、大笑いした後、急に大人しくなり、こてんと寝入ってしまった。
後片付けをするのは、勿論クルガンと俺だ。
…この俺に尻拭いをさせるとは…、シード、後で覚えていろ…。

「では陛下。私はこれからシードを家まで送っていきます。流石にこの時間私が城に入るのは怪しまれる、しかも客分である殿を連れては行けない事確実なので、そっちは陛下にお任せします。では、失礼させていただきます」

テキパキと物事を進め、クルガンはシードを引きずって(かなり痛そうだ)その場を後にした。
はというと、俺の背中で幸せそうに眠っていやがる。
これで良い香りでもしてこようならば、こいつを女として認めてやっても良いが、
あいにく臭ってくるのは酒の臭いばかりだ。
何故この俺が酔っ払いの後始末をしなければならないのだ。
しかも寝ているのに途中で笑ったりしてきて、非常に気味が悪い。

「えへ、えへへへへぇ…。勝ったもんねーーー」

「…五月蝿い黙れ。お前が勝ったのは重々承知だ」

「うふふふふ…、ねぇルカ、今度勝負するー?」

「遠慮させていただく。俺は静かにゆっくり味を味わって酒を飲むのが好きなのでな」

俺の背中では、至極残念そうに舌打ちをする。
どうやら俺をも犬化させるつもりだったらしい。

「ねぇねぇルカーー」

「…少し黙るという事をしろ、運んでやってるだけでもありがたいと思え」

しかし、はやめようとはしなかった。最初から期待はしていなかったが。

「あのね、私ね、ルカのことね、嫌いじゃないわ」

…何を言ってるんだ、こいつは。
イキナリ唐突過ぎて意味が分からん。まぁ酔っ払いの戯言なのだが。

「私がね、嫌いじゃないって…結構珍しーのよ…。私って常に自分以外どうでも良い人間だし…」

だから、とが囁く。






あなたは、私にとって、ちょっぴり『とくべつ』なのよ…






----------------------------------------------------------------------

3話で言ってた主人公とシードの酒飲み対決編でした。シードは犬決定です。
一応こっちの主人公は成人してるんで、セーフです。
ルカ様をどうしても出したかったんで、無理やり出してみたり。
あと、店でなんでルカ様の正体がバレなかったのかというと、
皆お酒飲んでたし、それに、まさかこんな所に狂皇子が来るとは思わないって事で(言い訳か)
とりあえず、こんな感じ。ではまた4話で。


←back   menu    next→