-My World-



「あぁ、やっぱり広いわねぇ、この城」

私は本日2度目の迷子に陥っていた。
いや、私は悪くない。広すぎるこの城が悪いのだ。
私が起きてから3日。毎日迷えばいい加減飽きてくる。
一応自分の歩いた後に魔法をかけているが、その魔法の軌跡すら滅茶苦茶になっていてわけが分からない。

「ルカかジルが助けに来てくれればいいんだけど…」

じゃなければ看板でも立ててもらいたい。
しかしそう考えて思い直す。看板を立ててもらっても無意味じゃないか。
ここの文字、私はまだ読めないのだから。
不思議な事に、言葉は理解できても文字は理解できなかった。
ちゃんと移転魔法の中に組み込んでおいた筈なのだが、どうにも上手く作動しなかったらしい。
まぁ言葉が分かればさしたる問題でもないのだが。
それより今はこの危機をどう乗り越えるかが問題である。
しかし天は私を見捨てていなかった。前方から銀色の髪の毛が歩いてくるのが見えた。
確かあの人は結構偉い地位だった筈。らっきー。部屋に帰れる。

「あの…、すいません。私、迷っちゃって。客室まで案内してくださいません?」

男はあからさまに嫌な顔をした。へぇ、案内嫌なんだ。へぇー、ふーん。

「このままだと私、また壁を壊して3階まで飛んで、ルカ辺りの執務室の窓破壊して部屋に帰りそうで…」

男の顔が曇る。そんな無茶苦茶な事をするわけない、とは言えないからだ。
何せ私はそれを1日目にやってのけた。ルカに怒られたが。
ちなみに私は壊す事は出来ても直す事は出来ない。そういう小技は弟の範囲だ。
ので、ここで壊したものは皆国家予算から削られていく。
税を納めていない私にとっては痛くもかゆくもない出費だが、この国民には一溜まりもない。
仕方がない、といった感じで、男は私の顔を見た。

「…いい加減自分の部屋への道くらい覚えていただきたい。…付いて来てください」

「ありがとうございます。ご迷惑おかけしますわー」

上辺だけの返事をし、ひょこひょこ男の後を付いて行く。

「あの、お名前は?何度か擦れ違ったことがあると思うんですが。あ、ちなみに私はです」

「知っています。有名ですから。………私はクルガン、と申します。では私も質問をよろしいでしょうか?」

「はいはーい。いいよー。答えられるのならねー」

「えぇ、簡単だとは思います。…貴方は何故そのような古ボウキなどを手に持っているのですか?」

そう言われて私は自分の手に握られたモノに視線を映す。
そこにはほこりを被った、いかにも古くて捨てられました、といった感じのホウキが大切そうに握られていた。
まさにその通り。今先刻ゴミ捨て場から拾ってきたんですもの、このホウキ。

「拾ってきたの。杖の代わりにしようと思って」

「?どういうことですか?」

「杖みたいな、魔力を宿すものは、元々の材料も古い方がいいの。しかもホウキなら空飛ぶ時楽だし、ホウキは元々邪を掃きだすものだから。『魔』力を上昇させるにはとっても役立つの」

うーん、分かるかな?ここの人達は自分で武器を作らないみたいだからわからないかもだけど。

「まぁ、これから魔力を込めたり補強したりしなきゃ駄目なんだけどね。そうすれば私も思う存分魔法が使えるし」

「…その『魔法』というのは『紋章術』とは違うのですか?」

私は少し考える。それはちょっと考えていたことだったから。

「基本的には一緒な気がするよ。『魔法』は杖を媒体として、体内の魔力を具現化するものなの。んで、『紋章術』っていうのは、紋章を媒体に、精神力を使って使用できるんでしょ?違う所は、『紋章術』はその紋章にインプットされているものしか発動しないって所かな。例えば風の紋章なら風の術しか使えない、とか。魔法はそういうの、ないもの。その代わり杖だけじゃ何の役にも立たない。術そのものをキチンと会得しなきゃね」

そう説明してクルガンを見ると、思わず目を見開いていた。おや?どういったことでしょう。

「…なにか?」

「いえ、たった3日でよくそこまで理解が出来るものだと感心していました。知らなかったのでしょう?紋章に関しての知識」

「えぇ全く。使ってみたい気もするけど、私には合わないわね。きっと」

だから杖を作ろうと思ったというわけ。だって変でしょ?魔女が魔法使えないなんて。
ちなみに私は現在、ジル皇女の客という破格の扱いをされている。
いや、確かに私をここに連れてきたのは彼女なんだけど…。
目が覚めてその事を聞かされたとき、私は非常に感謝した。
そのまま放って置かれていたら、ちょっと危ない目にあってたかもしれない。
とりあえずこの世界を支配する時、彼女は生かしてあげようと心に誓った(おい)
皇女の客、という事で、さり気なく良い部屋を与えられていたりする。ラッキー。
ドレスも数着貰ったのだが着た試しはない。だって似合わないもん。
だから普段のローブのままだ。この城には異質だと思うけど。

「…さぁここです、貴方の部屋は。もう迷わないようにしてください。せめてお付の侍女くらい連れてください」

あら、本当だ。意外に近かったのねぇ。

「でもお付の人が一緒だとゴミ漁りは出来ないでしょ?なら結構です。案内してくれてありがとうございました、クルガンさん」

「いえ、このくらい何ともありませよ。では私はこれで。公務がありますので…」

そう言ってクルガンは軍部の方に戻っていく。私、あの人嫌いじゃないな。
色々お話が出来そうじゃないか。今度軍部の方まで遊びに行くのもいいかもしれない。
どうせここの侍女たちじゃ、私の高等知識に付いて来れないだろうし。
そもそもこんな所でジッとしているのは趣味じゃない。

「では。そろそろ始めましょうかね…」

そう言って魔法陣を書いた紙の上に古ホウキを乗せて、神経を集中させていく。
口から呪文が零れる。呪文の羅列は美しい。呪文を唱えるのは、結構好き。
質量の呪文・魔力封じの呪文・魔力増幅の呪文を次々と述べていく。
そうして捨てられるだけの古ホウキが魔力を持つ武器に変わっていく。
この世界では武器にも紋章が付けられるらしい。案外私のこの術に似ているかもしれない。

「よし!とりあえず完成っ!後は補強しなきゃねー…」

鼻歌混じりに私はどんどん作業を進めた。





あれから3時間くらい経っただろうか。私は城の屋根の頂上に立っていた。
風が物凄く気持ちがいい。遠くの山まで良く見える。

「絶景ね。きっと夕日の時間も綺麗なんでしょうね…。それすらも、全部私のモノになってしまうのね…。私ったら、罪な人間ね…」

自分に浸るなというなかれ。私は私なりに考えがあるのだ。野望があるのだ。

「さてさて。じゃあ試しに魔法、使ってみましょうかね。どのくらいの魔力に耐えられるかしら?」

かなり補強したから結構の魔力を上乗せできる筈…。まずは基本、浮遊魔法から〜…。
自分を浮かすのは出来るだろうし、ある程度のスピードを出す自信もある。だったら。

「うーん、あそこら辺の山を動かす…ってのは色々言われそうだから、あそこの木にしておこうかな」

木と言ってもかなりの大木だ。樹齢もかなりあると見た。
私はホウキを構え、木を見つめ呪文を唱える。
呪文というか、命令だ。命令も魔力を込めれば、抗えない術になる。

「我が命に従い、彼方上空へと舞い上がれ」

力ある言葉の直後、大木は根ごと宙に舞い上がる。
そして停止させ、空にその大木を安定させる。よしよし、なかなかの出来具合だねぇ。
下でそれを見ていた兵士達が大騒ぎしているのが見える。はっはっは、どんどん叫ぶがいいわ。

「次は、攻撃呪文ね。軽いのからいくか。……我が声に答え、分散せよ焔」

唐突に空に焔が現れ、霧散する。
見ようによっては昼でも綺麗に見える大きな花火だ。
思わずたまや〜と叫びたくなるのはきっと祖母の影響だろうな。
あの人、花火大会の時、毎回言ってたから。
しかし流石にこれはやりすぎたらしい。
兵達が屋根の上に居る私に気付き、また大騒ぎを始めた。
あらかたまたスパイに間違われたのだろう。

「これじゃあ試し魔法も使えない。いっそどっか行ってみようかな」

別に何時までもここに居る必要はないのだ。
ただ、まだこの世界の事に詳しくなく、いく当てもないから。
だったら多少知っている人がいるここに居た方が都合がいいじゃないか。

「……お前、こんな所で何をしている」

気がついたら一番近くの窓が開いていた。
そこから顔を見せているのは何時にも増して不機嫌そうなルカ。
だから私はあえてニッコリ笑顔を返してやった。

「うん?杖の代わりを作ったから、それの試しをしてたの。ほら、上手く魔法も使えてるでしょ?」

そう言って私は宙に浮いた大木を指差す。
何とか木を元の位置に戻そうと、ロープで引っ張ったりして兵士が大変そうに動き回っている。
あはははは、むちゃくちゃ楽しい。

「……戻してやれ」

今度は不機嫌、というよりは呆れたような声だった。
仕方がないので木にかけた魔法をゆっくり解いていく。
木は同じ速度で元あった位置に戻っていき、まるで何でもなかったかのようにどっしり構えていた。
これでよし。

「じゃあ次は何で練習しようかしら。…ねぇルカ。あそこの山、一個まるごと全部ふっ飛ばしちゃ、駄目かしら?」

「…止めろ。絶対にだ。命令だ」

「『赤の魔女』の孫で有名な私に命令するとは。蛙にされたり、金魚にされても知らないぞ?」

『赤の魔女』とは、祖母のゼファーマでの異名だ。
昔、様々な人々を助けつつ迷惑をかけた時の名残で今でもそう呼ばれることが多い。
その孫に当たる私も、それなりに有名で。
ゼファーマの母親達はよく
『いう事を聞かない子供は、赤の魔女やその子孫が蛙に変えて食べにきちゃいますよ』
という御伽噺だか何だかをよく口にする。
しないっての。そもそも蛙を食べる趣味はない。まぁそれは置いておいて。

「でもでも。私魔女だからさ。やっぱり魔法がどれくらい使えるか試したいわけよ。…どこかぶっ壊してもいいところ、連れて行ってくれない?」

一人で行ってもいいのだが、帰れる気がしない。
私は、それなりにここの生活は気に入っている。
特にこの、ルカが居るから。コイツと暮らしてまだ3日目だが、非常に楽しい。
何となく、考え方が似ているのだ。
ハッキリ言えば他人とこんなに気が合うのは生まれて初めてだ。
自分でも驚いている。
何せ人と話すより一人で研究している方が好きな人間が、他人と夕飯を毎回一緒に食べているのだ。
人と一緒に食べるご飯が意外にも美味しい事を、この3日間で初めて知った。
それとも『ルカと一緒』だからだろうか。
…ルカはどう思っているのかは知らないけど。多分ウザイと思っていることだろう。
とりあえず私の意見は受け入れてもらえるのだろうか。
いや、普通だったら駄目だし食らうところだけどさ。

「………忙しいならいいけど」

「…いや、ならば連れて行ってやろう。明日にでも」

その答えは予想していなかった。
予想していなかっただけに、思わず喜びが表情に出る、が、一瞬のうちに切り替えた。
危ない危ない。人に、んな恥しい顔見せられるかってんだ。

「明日、第4軍が都市同盟との国境に向かう。お前もそれについて行くがいい。都市同盟の土地でだったらどれだけ暴れまわろうが構わん」

暴れまわってもいいの?これは願ってもないお話だ。らっきぃー。

「うん、そうする。ちょっと久々に体を動かそうかな」

「ただ貴様に兵を割くわけにはいかん。故に単独行動をしろ」

うん、その方が動きやすいから逆にいいや。

「おーけぃ。大丈夫大丈夫。…ふふふふ…、楽しみだわぁ〜…。どんな魔法使っちゃおうかなぁ〜…。あ、おやつも持っていった方がいいかなぁ〜。でも日持ちするもののがいいわよね。だけど甘いものも欲しいし。着替えも持っていかなきゃ…。でも服無いのよねぇ。ルカ、あんたの服貸してよ」

「……明らかに大きさが違うだろう」

そう言ったルカは既に呆れ顔。

「いいよ。勝手に切ったりして変えるから」

威風堂々と、えばり散らす私。
その後ルカが仕立屋を呼んでくれたのは言わなくても分かるものだ。
明日の朝までに届くそうだから、明日の正午出発には十分間に合う。
とりあえず思い当たる必要物資をリュックに詰め込み、私はドキドキしつつ、グッスリ眠ってしまった。





明日が楽しみだ…。





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ハイランド側第2弾。相変わらずむちゃくちゃだ…。切ない…。
明日からミューズ攻略の為の遠征みたいですよ。


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