−my world−



その日、私は欠伸をかみ締めて呪文を書き続けていた。
もうこれで2週間徹夜だ。
徹夜なんて日常茶飯事だが、2週間連続となると流石の私も眠くなってくる。
これでもまだ人間でいるつもりだ。

「ふわぁぁあ。この呪文、試し終わったら暫く寝ようかしら…」

ちなみに私が『寝る』と言い出したら本当に暫く寝続ける。
この間は10日間も寝っぱなしだった。
ここには彼女を起こしに行こうとする無謀な人間は居なかった。
これがしっかり者の次男辺りが帰っていれば別なのだろうが。

『姉さん、もう朝だから早く起きろ。何時までそんなふざけた事しているつもりだ。大体夜寝なくて昼寝てるなんて駄目人間の塊じゃないか。ああ、なんでこんなのが俺の姉なんだ』

とか五月蝿く言い続けてしまいには、ちょっとした小技を使ってを叩き起こす。
まあ、その後ちゃんと仕返しをたっぷりしてやるのだが。
後天敵は末っ子の三女だ。あの子は悪気もなく笑顔で起こしにくる。
流石の私も三女には弱い。
元々歳の離れた妹だからか、はたまた唯一マトモな妹だからだろうか。
次女と長男はそもそも私より寝起きが悪いので起こしに来るという行為は皆無だ。

「…えーっと、質量の計算式をこういれて…、んで物体移動の魔法式をここに…っと。…さてさて、これで出来上がりかしら?」

・ジェライド・橘は魔女だ。
職業かと言われると考えるところだが、自分も、そして周りも私を魔女だと呼んだ。
この世界、ゼファーマでも随分と数を減らした魔女。
私はその中でも郡を抜いて優秀だった。
正義かどうか、と問われるとYesとは言えないけれど。
祖母も力ある魔女だった。そして母も同じく魔女だった。
私はその2人の血を、力を、強く受け継いでいた。
弟妹達もある程度の魔力はあるが、私には遠く及ばないものだ。
それには深い事情があるのだが、この魔力さえあれば、大して関係のないものだった。
そして彼女の趣味は新しい魔術の研究だ。
これは同じく魔女だった祖母も同じく、魔術研究の手順など大切な事は全て祖母に教わった。

「お婆様も完成できなかった時空転移、私が絶対完成させてやるわ…うふふふふvvv」

数々の魔術を生み出した祖母でさえ投げ出した魔術。それが時空を行き来する魔術だった。
実際祖母は何度か時空転移をした事があるらしい。
時間の流れも、世界も全く違う世界へ旅立ったこともあるらしい。
しかし、それはいつでも出来る事ではなく、しかも決まった場所に行けるわけでもない。
全くの事故としか言いようのないものだった。
今は何とかこのゼファーマと祖母の世界であるアースが行き来出来るくらいだ。
無数にあるといわれる世界への正確な道は今だ解明されていない。
それを解明する事が出来れば、自分の夢が叶う1歩手前までいけるのだ。
普通ならば異界など信じる事はないのだが、私達は生まれた時からそれを信じている。
何故ならば祖母の世界であるアースはここゼファーマの人から見れば正に異界なのだ。
お陰で私の一族はゼファーマとアースを自由に行き来している。
実際次女と次男と三女は現在アースで暮らしている。
長男はこのゼファーマを今現在歩き回っており、私は魔力の質の高いここで研究をし続けている。

「ではでは。始めますか!ま・ず・わ!!この秋葉●で買ってきた小型ビデオカメラを、異世界に送ってみて映像を撮って貰いますかっ!」

そう言って先程書いていた紙を広げて呪文を唱え集中し始める。
呪文が紡がれると同時に、部屋に風が巻き起こる。魔力の流れだ。

「我、時空を操る者…異界への扉、今開かん。…我が魔力を用いて、安定せよ…」

異界の空間を開く呪文・言語の呪文・そして帰還の呪文を組み入れる。完ぺきだ。
呪文に答えるように、黒い穴が開く。これが異界への扉だ。
なかなか上手くいっている。そう思い思わずにやりと笑う(可愛くねぇな)
しかし予想外の出来事が起こった。扉を誰かがノックしているのだ。
しかし今ここで呪文を途絶えるわけには行かない。シカトする。
しかし扉をノックする音は止まない。一体誰だ、滅多にこんな所には人は来ないのに。

「お姉ちゃん?だよーーーっ!!遊びに来たんだよーーーっ!!ねぇ、居るんでしょ〜?寝てるの〜???」

更にまずい、三女だ。
7歳ほど離れている妹の声が部屋に響く。
そうか、アースの学校ではもう夏休みに入ってたのか。しかも帰る気配がない。
ここで踏み込まれるのはかなりまずい。特には。
も私の妹なのだから、勿論魔力を持っている。
しかしの魔力と私の魔力は根本的に違うのだ。
の魔力は聖力と言っていいほど汚れがない。
逆に私の魔力は魔王の力と言ってもいい力なのだ。相性は最悪。
しかもあの魔法を使おうとしている最中でこの場にこられたら、何が起こるか分からない。
しかし嫌な事は2度あれば3度目もやってくるものなのだ。

「あ、鍵開いてる〜。お姉ちゃん?入るよ〜。もうお昼だよ〜」

結構厚めに作ってある扉が開く。
そしてが部屋に一歩踏み込んだ時、魔力の流れが一気に変わった。
まずい!!かなりヤバイ!!!
これは魔術の暴走の予兆だとすぐに判断する。
流石に異変に気がついたが急いで扉を閉めようとした。
しかし扉は思いきり開いたまま、閉じる事は出来なかった。

っ!!!気をつけなさいっ!!どっかにつかまってないと、飛ばされるわよっ!!!」

「なになになにっ!?お姉ちゃん、また変な魔法の実験してたの!?『実験中』ってプレート下げておいてよぉぉぉぉ!!!!」

「悪かったわねっ!!!次からそうさせていただくわっ!!…ってわぁっ!!!」

「えっ!!?きゃぁっ!!お姉ちゃんっ!!!」

お互い言いたい事を言いながら、必死に家具に捕まる、
が、その家具が開いた黒球に吸い込まれていく。
更に吸い込む力は強くなり、私とを飲み込んで、そして消えてしまった。
ごちゃごちゃだった部屋は綺麗に片付けられ(というより全部吸い込まれた)
そこに残るものは何もなかった…。










「……ジル皇女様。前方に何か見えますが」

単調に揺れる馬車の上で、半分寝かけていた女性は、付き人の声で現世に戻ってきた。

「あら、何か楽しいものかしら。私、退屈していましたの」

「…それが、どうやら人、しかも女性らしいのですが、いかが致しましょう?」

それを聞いてジルは急いで付き人に指示した。

「そんなの決まっているでしょう!?急いでこの馬車へお運びなさい!そしてルルノイエまで馬車を飛ばしてちょうだい!!」

「は、承知いたしました」

皇女の命を受け、付き人達が急いで倒れている女性を馬車内に運び入れる。
皇女と相席の侍女はその女性を椅子に寝させ、出来るだけの手当てを始めた。

「…この衣装…、この方、紋章術師かしら?」

皇女はじっと女性を見つめた。顔は綺麗に整っていたが、顔色は真っ青だ。
もしモンスターや山賊たちに襲われていたのならば怪我をしているのかもしれないので、入念にチェックを入れた。
しかし侍女が見たところ、大した怪我ではないようなので、少し安心する事ができた。
そうこうしているうちに、馬車は大きな門を潜る。
そこはハイランド皇都・ルルノイエだった。






発見されて3日後、ようやく私は目を覚ました。と言ってもかなり外が五月蝿かったからだ。

「…ったく、五月蝿いわね。私が寝ている時は静かにしろってアレだけ言ったでしょうに…。それともの新手の嫌がらせかしら…」

しかしそこは見慣れた部屋とは全然違っていた。
第一こんなに自分の部屋が整っているはずがない。
こんなに豪華な部屋は知り合いの王様の部屋ぐらいしか見たことがない。
確かに実家は金持ちだが、質素を好む母は余り豪華に作らないのだ。

「…となると、ここはおじ様の家なのかしら?」

それにしては雰囲気というか、空気が違う気がする。感じたことの無い空気だ。
私はひょいとベッドを降り、窓に近づいた。

「あぁ、やーっぱりここ、私の知らないところだわー…。お城のようだけど…」

そこは一目で分かるほど立派なお城だった。
下を見ると、何やらパレードらしきものをしている。
そして街の人たちがわぁーわぁーと騒ぎまくってるのだ、不快にも。

「ちっ…。杖を忘れてきちゃったじゃない。…杖さえあれば魔法弾でも撃って黙らせるのに…」

私の寝起きはとりあえず機嫌が悪い。
特にこの間まで2週間徹夜という強行軍をやってのけたばかりなのだ、睡眠時間3日じゃ全然足りるわけが無い。

「それにしても。私なんでここにいるのかしら?誰かが助けてくれたにしろ、現状を把握しなきゃ。とりあえずゼファーマでもアースでもなさそうだし」

ここが自分の知らない異世界だという自信はあった。
呪文は間違いなく作動していたからだ。
ただ小型ビデオカメラだけを転移しようとしていたのが、誤って自分と妹を巻き込んでしまっただけだ。…?

「あ、そうだ。、どこに行ったのかしら?近くに気配を感じないから、ここにはいないんだろうけど」

でもこの世界のどこかには居るだろう。
大体把握できたら探してあげようなんて暢気なことを思っている。

「ま、この事故に巻き込まれたのもあの子の運命なんでしょ」

この一言で片付けてしまうのは、今まで幾度と無く弟妹達を実験に巻き込んでいるせいだろう。
全然悪いと思っていない。とりあえず私はこの部屋から出る事にした。




出た先は長い廊下だった。流石城などと妙な関心を持つ。
そして私は堂々と廊下を歩き出した。
別に見つかっても、やましい事は、まだしてないのだから平気だと思って。
しかし思っていたより人は少なかった。どうやら皆あのパレードを観にいっているらしい。

「困ったわね。分からないじゃない、現状が」

こんな事ならあの部屋で大人しく人が来るのを待てばよかったかもしれない。
あそこに居たという事は誰かが運んだという事なのだから。
しかし、私はすっかり迷子になっていた。
広すぎる城が悪いとブツブツ文句を言ってみるけど効果なし。

「せめて杖があればなー。ここ城なんだから杖の一つや二つ、予備で置いてないかな〜?」

するとラッキーな事に武器庫に出たらしかった。剣や槍が所狭しと置いてある。

「わぁおvv私の日頃の行いの良さを、神様も見ててくれたのねぇ〜vvさぁて、杖杖っと…」

これが泥棒行為だと一つも思わないのは凄い事だと思う。そんな中、杖を1本見つけた。

「うーん、あんまり良い品じゃないけど、この際文句は言えないわね。私の魔力4分の1くらいに控えれば壊れる事も無いだろうし。よーし。杖、GETだぜ★」

アースに行った時と見た某アニメ主人公の真似してみる。これで悪意は半減した筈だ(何故)

「とりあえずー。空が見たいわよねー。壁をぶち壊してもいいんだけど…、賠償金払うの嫌だしなぁ。まぁ、逃げ出すんだから別にいっかv」

杖を振り上げ、呪文を唱える。魔力が杖の先に集中していく。

「よし!!いけっ!!壊せぇぇ!!!」

作り上げた魔法弾はあっさりと石の壁を打ち砕き、青空を見せてくれた。

「うーん!!晴天なり〜。風が心地良いわぁ〜vv」

確かに気持ちいい。籠もっていた嫌な空気も一緒に出てく様だ。ただ、視線が痛い。
見上げれば青空、しかし見下げればパレードの真っ只中だったのだ。この場所は。

「あ。やべ」

思わず街民の皆さんと目線が合う。しかし痛い程の沈黙だ。

「だ…誰…だ?」

「もしかして…都市同盟の、スパイ…とか?」

街の皆様から、嫌な単語を聞いた気がした。
スパイとかなんとか。
こういう場合の自分の扱われ方を私はよく知っている。
捕まってなるものか、そういう思いが全身を駆け巡った。

「おいっ!!そこの!!!何者だっ!!!」

爆音を聞いてやって来たらしい兵士が、の腕を掴もうとする。

「汚い手で触ろうとしないでくださる?でわ、さらばっ!!」

捕まえようとした兵士の腕はスカッと空しく空ぶった。
私はぶわっと青空へ飛び上がる。とりあえずここから逃げなければならない。
しかし思ったよりスピードが出なかった。やはり慣れていない杖は相性が宜しくないようだ。

「て…敵だぁぁぁぁぁ!!!射落とせぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「敵じゃ、なぁぁぁぁぁいっての!!!!お前ら程度に射落とせるかっ!!!」

こんなちゃっちい弓攻撃をかわすくらいなんて事はない。
カルファの民の弓はもっと鋭く恐ろしい。
何度か狙われた事があったが(宝玉盗んだりしたから)あれに比べれば全然余裕だ。
だが私を狙うものは弓だけではなくなった。
街の人たちがその場にあるものを勢いよく投げてきたのだ。

「あ…危ないじゃないのっ!!当たったら痛いでしょ!?」

そういう問題でもない気がするが、言わずには居られないらしい。
当たりたくなければもっと上空に逃げればいいのだが、それもなかなか出来ないでいた。
そんな場合じゃなくても眠くて仕方が無い。やはり3日では足りなかったようだ。

「ちっ、これじゃあろくに攻撃魔法すら撃てないじゃない。…こうなったら全速力で逃げるのみ!」

魔力を高め、空を翔るスピードを速めようとする。
しかしまたもや予想外の出来事が起きた。
スピードは速くなるどころか、徐々に落ち始めたのだ。
そして最後には持っていた杖がボキィと嫌な音を立てて、真っ二つに折れてしまった。

「嘘でしょっ!?たったアレだけでもう折れちゃうわけ!?もうちょっとマシな杖置いておきなさいよねっ!!!」

結構高いところから落ちたが、幸い下には木があり、枝に当たって落下速度を緩めて着地に成功した。
が。
着地先は、すっかり兵や街民に囲まれている場所だった。
兵は皆武器を構え、街民たちはその後ろからぎゃいぎゃい騒いでいた。

「き…気をつけろ、こいつ、紋章術師だ。先ほどの術から考えると風の紋章のようだが…」

「???紋章?何それ。…っていうか、私を包囲するのは止めなさーい。私は悪くありませーん。ただ青空が見たかっただけなのよー。心地よい空気が吸いたかったのー」

「何をわけの分からない事を…。あ…!これはルカ様!!」

隊長格の人間が頭を下げた。お偉いさんの登場らしい。

「我が城を壊し出てきたのはお前か。ブタが」

「ブタじゃありません。人間ですよ、それともブタに見えるんですかー?この人、目悪いんじゃない?一度視力検査を行った方が良いと思うわ」

は随分と強面の男が出てきたものだと関心していた。
逆に周りに居た兵士や街民は『恐れ多い…ルカ様に向かって…』などと言っている。
知らんわ、ルカなんて。
暫くにらみあっていた。周りは青ざめている。なんなんだ、全く。
するとひそひそ話していた兵士が、私の目の前で突然真っ二つになった。
周りには血が飛び散り、見るも無残な光景だ。
街民や兵が叫び逃げる中、真っ二つにした本人は楽しそうに笑い、
私はというと血で服が汚れるのは嫌だったので軽い結界で防がせてもらった。
このような小技なら杖なしだって出来ない事はない。

「………貴様もコイツと同じ目に合わせてやるぞ」

「はぁ。そうですか。用件終わり?じゃあ行ってもいいかしら?」

ルカの顔がピクっと動いた。しかも不機嫌そうに。

「人の話を聞けんのか。お前は今からコイツと同じ目に合うと言ってるんだ」

強面のくせに面白い冗談が言えるんだなと素直に感心する。あはははは。

「いや、それは無理でしょ。だって、私のが強いもん。殺せない殺せない」

ルカは何も言わなかった。ただ何も言わず思いっきり剣を振り下ろしてきた。私に。
しかし私は慌てず急がず焦らずにその剣を綺麗に受け流した。
ここにもやっぱり魔法が入ってる。卑怯言うなかれ。私は魔女なんだから仕方がない。
一撃をかわされたルカは、大笑いしだした。どうした、ついに狂ったのか?

「…この俺の一撃を簡単にかわすとはな…。気に入った、城に来い」

イキナリお呼ばれされました。これはラッキーと考えるべきなのでしょうか?
まぁ、行く当てもないんだから、ここは行った方がいいのかもしれないな。楽しそうだし(ここ重要)
それに私には一つ考えがあった。
どうせ来ちゃったんだから、この世界でまず夢の1歩を踏み出してみるのはどうだろう。
私の願いは一つだ。生まれた時からたった一つだ。それ以外はどうでもいい。
この無数にある世界の、全ての支配者になる事。
それがずっと願い続けた私の野望だ。
それなら、ここをその第1歩にすればいい。
その為にはまず情報が必要だもんね。私はルカに連れられて、また城の中に入っていった。






通された部屋には数々の美味しそうな料理が並んでいた。思わずそれを見てお腹が鳴る。
そういえば2週間徹夜の間、大してモノを食べた記憶がない。
面倒だったので後回しにしていた気がする。

「ねね、これ食べていい?食べちゃ駄目って言われても全部食べる気満々だけど」

「好きにしろ。その代わり死んでも知らんぞ」

「うん、好きにする。いっただっきまーすv」

私は久しぶりの食事を幸せ一杯食べ始めた。左から右に片っ端から。
流石に恐ろしいまでの食欲を見せられて、ルカも目を丸くしている。

「…そんなに美味いか」

「うん。おいひい」

自分で作る簡易食の何十倍も。あー、でもデザートはのが美味しいかなー。
あの子、お菓子作りは天才的だからー。
そんな事を考えながらも手と口はちゃんと動いていて、テーブルに置かれた食事を次々と平らげていった。
そして30分後には綺麗サッパリ、そのお皿も空っぽになっていた。ふー食った食った。満足だー。

「…あー、ご馳走様。久しぶりのご飯だったから尚更美味しく感じたわ」

「……お前、何ともないのか?」

ルカの言ってることが分からなかった。
このぐらい食べたくらいじゃ私の胃袋は破裂する事はないと思うんだけど…。

「あの食事の何処かに、毒があった筈だ。俺を殺す為のな」

「へぇ…デンジャラスな食事だね。大丈夫、私、大抵の毒平気だから。ご心配なく〜」

私が常に身に付けているのは別にただの飾りなわけじゃない。
状態異常無効化のネックレスもちゃんと私の胸元で輝いている。ちなみに自作だ。

「お前、何故この城に居た?やはり都市同盟のスパイか何かか?」

なんだ、まだスパイ疑惑は晴れてなかったのか。くそう、ちゃんと分かってもらえたと思ってたのに。

「違うって。私はその『都市同盟』なんてところ知らないって。それよりさ、この国の事、教えてよ。私全然知らなくて」

まだルカは納得していないようだったが、この際そんなのはお構いナシだ。
まずは自分の置かれてる現状を把握したいものだしね。

「ふん…まぁいいだろう。ここはハイランドという国の皇都、ルルノイエだ。現在先ほど言った都市同盟と戦争中の、な」

「ふーん、そーなんだ。戦争ねぇー。どこも一緒だねー。別に構わないけどねー、私に実害がなければ」

そう言ってルカに歯磨きを所望する。食べた後はすぐに歯を磨かねば。私は歯医者が大嫌い。
ルカは呆れてたようだが、キチンと持ってきてくれた(いや、メイドさんがだけど)
ちゃっちゃと歯を磨き、私はキョロキョロと周りを見渡す。お、丁度良いソファー発見。

「………おい、何をしている」

「何って…。お休みしようかな、って。…眠いんだもん、物凄く。…駄目?」

欠伸を噛み締めていたので思わず涙目だ。あー、もう駄目。本当に眠いかも。
このまま寝れそう…。お腹一杯で更に眠くなってきた…。

「…こんなところで寝るつもりか。別に貴様のスパイ疑惑が晴れたわけではないのだぞ」

「…そう……、まぁ…いい…よ…。とりあ…ず眠らしてぇ…。ぐぅ………」

そこからはもう暗転。覚えてない。





「…この女、本気で寝やがった…」

ルカは珍しく驚いていた。何もかもにだ。
まず自分とまともに話せる奴に会った試しが大してない。
キバやハーンくらいだろう。恐怖の欠片も見せず話しかけてくるのは。
初対面の奴はどんな奴でも俺に恐れを抱く。
だがこの女は会ったその時からタメ口をしてきた。
皇子であるルカに。恐怖の対象であるルカに。
そして女の取った行動は全てが新鮮だった。
自分と話をしながら飯を食い、歯を磨き、とっとと寝てしまった。
ルカの質問にはキチンと答えず、自分の聞きたい事だけ聞いて。
本来なら一刀両断するところだが、どうしてかそうする気にならなかった。

「むにゃむにゃ…、もう食べられませーん」

挙句の果てにこの寝言だ。しかも幸せそうに眠っている。ルカを目の前にして。

「…面白い…。暫く傍に置いてやる。せいぜい俺を楽しませる事だな」

ルカは幸せそうに眠る女を軽々と持ち上げる。
随分重く感じるのは身に付けている多すぎると言うほどの装飾品のせいだろう。
そしてそのまま廊下に出る。歩いているとシードとすれ違う。
目を丸くしていたが、特に気にする事ではない。そしてそのままルカは自室に戻っていった。





その日の午後の事だった。貴婦人らしかぬ大声を上げた妹―ジルが駆け込んできたのは。

「お兄様!!一大事ですの!!!」

ルカは顔をしかめた。余り良い話題ではないと確信があったからだ。

「………何だ、騒々しい。公務中だ、どこかへ消えろ」

「そんなものは後回しですわ。私、この間傷ついた女性を保護しましたの。お兄様にも話したでしょう?その女性が部屋から消えてしまったのです!!」

そんな話をされただろうか。暫く激務が続いたため、妹に話された事など頭に入っていなかった。しかし大体の見当はつく。

「その女は、コイツか?」

「え?」

ジルがルカに指差された方を見ると、確かにあの時の女性が気持ち良さそうに眠っている。兄のベッドの上で。

「な…何故こちらにいらっしゃるのかしら?」

「俺が連れてきた。急なことだったので部屋もないからな」

話を聞けば、目が覚めたらしい女性は、イキナリ城下で暴れたらしい(と言っても危険な事ではないようなのだが)
それを兄が保護してくれたらしいのだ。

「まぁ…。お兄様が珍しい…」

ジルは心底驚いていた。それがルカには不服だったらしい。

「さっさとソイツの部屋を作れ。何時までもここに置いておく気は無いからな」

しかしジルは、誰もが恐れる狂皇子に向かって悪戯をする子供のような目を向けた。

「あら。でもこんなに気持ち良さそうに眠っていますわ。起きるまでここで寝かせてあげるのが親切というものだと思いますの。目が覚めるまでに部屋は用意しておきます。ではお兄様、ごきげんようv」

そしてそれから女性が目を覚ましたのは1週間後の事だった…。









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幻水夢…。こっちはハイランド編。多分まだユニコーン隊辺りを襲った直後くらい。
姉がハイランド、妹が都市同盟にいらっしゃいます。リンクしてるんで、そっちもどうぞ。