僕は絶対死んだりしない




ボクはその日、酷い寝不足だった。

だって今日までに仕上げなきゃならない宿題が山積みだったし、お兄ちゃん手伝ってくれないし。

いや、自分の宿題だから当たり前といえば当たり前なんだけど。

何時もだったら諦めてふて寝でもする所なんだけど、これをやらなきゃ進級させないとまで言われてはやらないわけにはいかない。

だからボクは、必死で宿題をやったというわけ。

お陰で何とか終わったけど、終わった時にはもう夜が明けてしまっていた。

結局寝る時間も無くて、急いで学校まで飛んでいた。

そう、そこまでは覚えてる。

問題はその後だ。


「…なんでボクはこんな所にいるんだろう?」


ボクは今、水の中に居た。

不思議と苦しくなくて、安心した。

深くて、下まで見えない。上を見ると、太陽の光が水の波紋を美しくしている。

ボクは一生懸命上に上がろうとするんだけど、ボクの体は決して浮き上がらない。

逆にどんどん沈んでいくように感じた。


「……おっかしいなー。ボク、空飛んでた筈なのに…。あ、眠くて海にでも落っこちたのかなぁ?」


心配するのは、徹夜して頑張った宿題。

流石に防水加工していないので、びしょぬれ確実。

最悪の場合、宿題ぐちゃぐちゃで提出不可。留年確定。


「…嫌だなぁ。ただでさえトランクス君と学年離れてるのに。これ以上離れたら堪んないよ…」


だが不思議な事に、ボクの持っていた鞄は何処かに消えていた。

もしかしたら落ちる直前に何処かに投げ捨てたのかもしれない。

もしそうならボク、偉すぎる。

それじゃあなかったら、失くしたか。

もしそうなら、マジで泣くかもしれない。

だが、どんどん沈んでいく内に、そんな事どうでもよくなってしまった。

このまま沈んでいくなら、きっと宿題とか、留年とか関係ないから。

もしかしたら、この水の底は綺麗かもしれない。

ボクはこのままこの底まで行かなきゃならないのかもしれない。

そう思ったら、上に上がろうという抵抗をするのが空しくなった。

沈んでいくなら沈めばいいじゃない。身を任せればいいんだよ。

そう思うと、何だか眠気を感じる。

あぁ、徹夜したせいだ。こんな水の中でまで眠気を感じるなんて。

何だかこのまま死ぬような感じだった。


「…あ、ボク、このまま死ぬのかな?」


一度声に出すと、それが真実味を帯びてくる。

死ぬ?ボクが??何で???

一気に意識が浮上した。何でボクが死ななきゃならないのさ。


「死ぬなんて、絶対嫌だ」


そう強く言うと、急に沈む力が無くなった。

先刻とは逆に、グイグイ上に押されているような感じがする。

水面まであと少し。

ボクは無意識のうちに手を延ばす。

少しでも早く、この死の水から這い出たくて。

そしてボクは。











ふいに、目が覚めた気がした。

だけど、思うように目を開ける事が出来ない。

変な夢をみたからかな?

だけど、誰かが近くに居る気配があった。

この気配はよく知ってる。トランクス君の気だ。

でも、何時もより随分乱れてる。何か、不安そうにしてるっていうか。


「…悟天…っ……」


そう辛そうにボクの名前を呼ぶと、ボクの手をギュッと強く握った。

何なにナニっ!!??どうしたって言うのさ!!??

そもそもここはどこなんだろう。全然分からない。

すると今度は聞いたことの無い人の声がした。


「出来る限りの処置はしました。…あとは患者の生命力に賭けるしか…」


???どうやらこの人、お医者さん??

患者って………、もしかしなくても、ボク??

そう思うと、だんだん思い出してきた。今朝の事を。











「やばいよ、遅刻だよっ!!お母さん行ってきますっ!!!」


ボクは玄関から台所にいる母さんに向かって叫んだ。


「悟天ちゃん!!朝飯はどうするだっ!?」


「ゴメンっ!!!時間無いから今日はいいやっ!!!行ってきます!!!!」


そう言ってボクは空高く舞い上がった。

飛ぶやいなや、早速学校に向けて全速力で飛ばす。流石に超サイヤ人にはならなかったけど。

でもその全速力がいけなかった。

鞄から少しはみ出ていた宿題プリントの1枚が、今正に大空へ飛ばんとしていたのだ。

まさかそんな事をするわけにもいかず。ボクは高速で飛びながらプリントを鞄の奥へ追いやった。

前から目を逸らしたのは一瞬だった。だから平気だと思っていた。

だけど、次に目を前に向けた時、目の前には鋼鉄の鉄塔が建っていた……。











やっと自分がここにいるわけが分かった。

そして、重かった瞼も徐々に軽くなっていく気がする。

早く目を開けてあげたい。

そして今、心配そうに僕の手を握っている君を、安心させてあげたい。

だからボクは力を振り絞って、瞼を開いた。

何だか光が眩しく感じられた。

最初はぼーっとしていたが、すぐにトランクス君の顔が見える。

始めトランクス君は驚いた顔をしていて、そしてすぐにボクに抱きついてきた。

強く抱きしめる腕は、微かに震えているようだった。

何か言わなきゃいけない気がした。何か。


「…と…トランクス、くん。…おはよう」


「…お前、第一声がそれかよ。…馬鹿野郎」


む。だってそれしか思い浮かばなかったんだもん。

それに使い方だって間違ってないでしょ?

でも、悪態とは裏腹に、トランクス君はずっとずっとボクを抱きしめ続けた。

何だか急に、悪い事をしたような気になった。

だって何時もは自信満々なトランクス君なのに、今は見る影も無い。

そうさせてしまったのは間違いなくボクだ。


「…ねぇトランクス君。ボクがいなくなるかもって思ったら、寂しかった?」


聞きたいよ、君の気持ちを。

ボクは凄く寂しかった。だから一生懸命泳いだんだし。

もしも君が同じ気持ちで居られたなら。

これほど幸せな事はないでしょ?


「…っ何言ってんだよ、当たり前だろ!?もう二度とこんな事すんじゃねぇぞっ!!!!」


ごめんね、トランクス君。

悪いとは思ってるんだけど、やっぱり駄目だ。

うん、ボク今、物凄く嬉しい。


「…うん。ボク、もう絶対にトランクス君を置いて…」


ふいに涙が零れた。

今ここにいる幸せ。

君の腕の中で泣ける喜び。


「……僕は絶対死んだりしない」


絶対だぞ。

トランクス君の声が、耳の奥に残ったような気がした。











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トラ天?小説ですよー。
果たして悟天は鉄塔にぶつかっただけで生死を彷徨えるかと考えたのですが、
全速力のスピードでぶつかったら流石に…という事にしておいて下さい。
でもまぁ、鉄塔は必ず凹んでるか、倒れている事と思います。
何でトランクスしかいないんだよとかいうのは、…見なかった事にしてください。
きっと第一発見者辺りが、トランクスの同級生かなんかで、トランクスに真っ先に連絡したんだよ!(言い訳)
んで、トランクスも余りの出来事にビックリして、連絡するの忘れたんだよ!!
という事にしておいて下さい。