〜October〜 締め切り後のお兄ちゃんの部屋は静まり返っている。 昨日までは急かし、脅し、怒る大塚さんの叫び声が木霊していたが、今は本当に静かだ。 きっと今頃お兄ちゃんは爆睡しているのだろう、きっと明日まで起きないと予想する。 私はお兄ちゃんが資料探しで漁っていた本棚を片付け始める。 汚したのはお兄ちゃんなのだが、今までの経験上、奴がこれを片付けるとは考え辛い。 という事でテキパキと私は片付ける。 「うーん、私っていいお嫁さんになれるかもv」 その時、手に持った本から一枚の写真が落ちた。 珍しい、うちはあんまり写真とか撮らないのに。 撮ってある写真といえば真昼の家と撮った写真くらいだ。だから家にはない。 そう不思議に思ってその写真を手に取る。 写っていたのはこれまた珍しく私とお兄ちゃんのツーショットだった。 私が随分小さいから、多分小学生くらいだろう。 お兄ちゃんは当時通っていた高校の制服を着ている。 写真の中のお兄ちゃんは泣きべそを掻いている私を抱えて頭を撫でている。 「はーん…、お兄ちゃんにもこんな優しい時代があったのかー。じゃあ今もこれの半分くらいは優しくしてくれてもいいんだけどなぁー」 半分でいい。これと同じくらい今も優しかったら気持ち悪いから。 でも、私にとってこの時のお兄ちゃんは、頼りになる、自慢のお兄ちゃんだった。 私はまだ8歳の小学生で。 お兄ちゃんは17歳の高校生。 よく覚えていないが、その頃の私は結構お兄ちゃんっ子だったらしい。 今じゃあ絶対ありえねぇ…。 もともと気の強かった私は、よく言えば同年代の友人内のリーダー格。 変な風に言えば、今は絶滅したと言われている種族の一つ、ガキ大将だった。 まぁそんな感じなんで、仲間も多かったけど敵も同じくらい多かった。 そのお陰でまぁ、私はよく苛められてたのだ。 「女のくせになまいきなんだよっ!!」 「えばってんじゃねぇよ!!!」 男の子はこんな感じに罵声を浴びせていたのはまだ記憶している。 男女差別もいいところだが、いくら賢くて可愛らしい私でも当時そんな事は全く知らない。 軽くあしらうという技術も持っていなかったので、真正面からぶつかっていった。 そんな喧嘩の仕方を教えてくれたのもお兄ちゃんだった。 お兄ちゃんは、何と言うか…、喧嘩が得意分野だったらしく、適切なアドバイスをしてくれた。 小学生の女の子である私に。何の躊躇いも無く。躊躇えよ、少しは。 「いいか廉。喧嘩で勝つ為に必要なのは心意気だ。一発で相手を伸すと思えばいい。後はどんな汚い手でも使って絶対勝て。スポーツじゃないんだから、卑怯な手なんて関係ないしな。ようは大人にバレないくらい痛めつけてやればいいんだよ」 こう私に説いたお兄ちゃんは私は尊敬の眼差しで見ていたものだ。 実際お兄ちゃんの喧嘩を見たことがあるが、…本当に勝つ為には手段を選んでなかった。 今考えると、すげぇ嫌な奴だな、オイ。 でもまぁ、実際それでかなり強くなったのは事実だ。その頃の私は誰と喧嘩しても負け知らず。 文句を言う奴もいなくなったし。(というより倒し尽くした) 「あー、そういえば、昔中学生に喧嘩売られた事があったなぁー」 ガキ大将時代メモリアルの中には、ガキっぽい中学生と対決する事になった事もあった。 流石に体格差があったし、力も違う。 でも、頑固なお子様だった私は、絶対謝らなかった。 「…はて?私、あの喧嘩、どうしたんだっけか???」 イマイチ思い出せない。うーむ、それほどキャラが薄かったのか…。 そんな時、どっからかお兄ちゃんの声がした。 「オイ廉!!とっとと昼飯作れよ!!!はーらーへーったー…」 …たまには自分で作るとかしろよ。一生独身予定男め。 私が返事をしないと、お兄ちゃんはまた騒ぎ出す。五月蝿い奴だ(結構酷い) 「はいはい!!今作るよっ!!…ったく、たまには自分で作ってよねっ!!!」 帰って来た言葉は「やなこった」だった。こんにゃろ。 その日、俺はとっとと高校から帰宅(まだ午前中だ)して、部屋で転がっていた。 母さんは近所の人たちと銀座で買い物だとか言って、帰ってくる気配はまだ無い。 「さてと。一眠りでもするかー、そのうち廉も帰ってくるだろうし」 9歳離れた妹をいじるのは非常に楽しいもんだ。 まだ小学の低学年だから、生意気な事言わんし。俺の妹というだけあって、なかなか可愛いし。 何より俺を尊敬しているからな。うん、そのまま是非大きくなってもらいたい。 「ま、無理な話だろうがな…ぐぅ」 と言いつつ、3秒で眠りにつく。その時からの俺の特技だ。 夢の中では酒池肉林―だの、極楽天国―だのが色々あったのだが。 幸福の夢の中に、何やら不似合いな声が響いてきた。 声がだんだん大きくなってくるのを感じると、その声のみが夢でない事にようやく気が付いた。 どうやら焦っているようである、しかもこの声は… 「えっ…えっ…栄治おにいちゃぁぁぁぁあああん!!!助けてよぅ!!!」 「……ったく、人の眠りを妨げやがって。…何だってんだ、真昼。おい、廉はどうした」 イキナリ駆け込んできた真昼は、ぼろぼろ泣きながら座り込んでしまっていた。 参った、華南はまだ帰ってきてねぇ…だろうな…(現在14:30。まだ授業中だろう) とりあえず、泣きじゃくっている真昼を色々声をかけて慰めるか。 それが功を奏したのか、数分後、真昼はやっと泣き止み始めた。 「さぁて、そろそろ大丈夫か?何があったか、話せるよな?真昼」 「う…うん。あのね、今日、中学生の人たちが来てね。何か言いがかりつけてきて、廉が怒ってね、そうしたら、あっちの人たちも怒ってね…」 真昼にしては珍しく、話がまとまってねぇな。よほど切羽詰ってるってことか。 しかし必死に伝えようとする真昼は話をやめようとしなかった。 「廉のこと、イキナリ殴ってきて、でも廉は避けて、僕と一緒に逃げたんだ。でもね、あっちの人達も廉の事追いかけきて、川まで、追い詰められて…ひっく、廉が、僕だけでも逃げろって、…自分が囮になって逃がして、くれてっ…」 それだけ言うと、真昼はその時の事を思い出してまた泣き出してしまった。 大体の話は掴めた。大方馬鹿なガキが廉に喧嘩売ってるんだろう。アイツ結構有名だから。 廉がそんじょそこらのガキなんかに負けるとは思えないけど、嫌な予感がするかんなー。 それに真昼が泣いてるし。 きっとここで俺が動かないと、こいつはますます泣くだろう。 そして帰って来た華南に文句言われて、怒られるのは目に見えている。 俺は仕方なしに重い腰を上げて、泣きじゃくっている真昼の頭をわしわし撫でてやった。 「わーった。俺が今から廉の事助けに行ってやるから。もう泣くんじゃねぇぞ、真昼。…ったく、お前も情けねぇな。自分の女くらい、守ってみせろってんだ」 「…自分の…おんな?」 真昼は目にはまだ涙を溜めつつ、頭に?を浮かべている。 いいんだよ、真昼クン。君にもそのうちわかる日がくるだろーから。 俺はその辺にあったジャンバーを羽織って、とりあえず廉を探しに外に出た。 「…確か、真昼は川の方に行ったって言ってたな。じゃあそこらに行くか。大して遠くに行ってないだろうし」 それに廉の性格を考えると逃げ回るより一撃で伸す方向で考えるだろうしな。 案の定、小学校から少し離れた所にある鉄橋の下で廉が立ってるのが見えた。 しかし、何だかふらふらしてねぇか?アイツ。 近づくにつれて、廉が対峙している奴らの顔も見えてきた。 奴ら、というくらいなのだから1人じゃない。俺が見る限り3人はいる。馬鹿が。 更に近づいてみると、相手の奴らも結構ボロボロなのが見える。 おぉ、流石この俺の妹。ただではやられなかったか。 ただしもう廉の方に体力が残ってるとは思えない。小学生と中学生じゃー、差はでかいだろう。 それでも廉は逃げようとしない。うむ、見上げた根性だな。 「それに比べて中学生組は。3対1、しかも小学生相手に恥ずかしいと思わんのか?」 俺が鉄橋のすぐ傍まで来ると、とうとう廉が倒れた。 中学生組がにやりと悪役くさい笑い方をする。 さぁて。ここで助けに行くのが、正義の味方ってもんだろ。 「ほーれ。そこのガキども、下がった下がった。…ったく、むちゃな喧嘩しやがって」 「な…なんだよっお前!!人の喧嘩に手出してんじゃねぇよっ!!」 ………んー。俺、ちょーっと耳が悪くなったかなー? 今こいつら、俺に喧嘩売った?そーんなわけねぇーよなー。 ふっと視線を廉にそらすと、…ありゃま、結構ボロボロ。 このまま帰ったら母さん&華南に大目玉な予感…。しかも俺まで…。 それもこれも…。 「お…俺たちの邪魔するなら、お前も一緒に片付けてやるっ!!」 お、悪役っぽい台詞。 でも覚えとけ。そーいう台詞を吐いた奴は絶対負けるって。 「…よくもまぁ、廉をこんなにしてくれたな。誰が怒られると思ってんだ。…ちょっと気晴らしに付き合えや、お前ら」 そう言って俺は手をポキャポキャ鳴らして威嚇する。 たったそれだけだと言うのに、中学生組は心なしか青ざめている気がする。 「…ま、自業自得だ。悪く思うなよっと…」 とっとと廉を担いで家路につく。 鉄橋の下には目を回した中学生達が重なって伸びていた。 暫くして、俺の背中で廉は気が付いた。 「…お兄ちゃん…?あれ…?私、何やってたんだっけ???」 「あ?中学生と喧嘩してたんだろ。お前も酷い奴だなー、中学生たち、泣いてたぞー?」 「???あれぇ?よくおぼえてないのー…。でも何でお兄ちゃんがいるの???」 「そりゃお前、もうすぐ夕飯だから呼びに来たんだよ。いいのか〜?夕飯食いはぐっても」 「やだっ!!!」 おいおい、即答かよ。食欲旺盛なお姫様だなぁ、おい。 でもまぁ、その方が廉らしい。食欲の無いコイツはどこか具合が悪い時だ。 この分なら外傷以外、特に問題はないだろ。 ずり落ちそうになってたので、俺は廉をキチンと背負ってやる。 すると背中から「えへへへ〜」という妙な声が聞こえた。 「………なんだよ。何がそんなに楽しいんだ」 「だって、お兄ちゃんにおんぶしてもらうの、久しぶりだもん。…えへへvv」 可愛い事を言ってくれるもんだ。 本当に嬉しいらしくて、ぎゅーっと俺に捕まってくる。 このまま大きくなったら、俺は世界の妹萌えしている兄さん方の敵とみなされるだろう。 通りすがりのおばさんは「あらあら兄妹仲が良いのねぇ」などと高評価。 でも俺としては高校の同級生に会わないように気を配りながら歩くから堪ったもんじゃない。 家が近づいてくる。もう目と鼻の先という位置にきて、俺は気が付いた。 「………こいつ、また寝てやがる…」 道理で途中から物音が聞こえなくなったわけだ。 しかしまぁ、起こすのも忍びないので、俺は静かに家のドアを開けた。 背中で眠っている姫は、ケガをしてるにもかかわらず、幸せそうだった。 「やーっぱり思い出せん。やっぱどうでもいいような事だったのかな?」 もともと考える事が苦手な廉は、思わず万歳をする格好となった。 「おいおい、しっかりしろよ。さっさと俺に食料を与えてくれ。ただでさえ昨日はまともに飯を食ってねぇんだから」 それは自業自得だと思います、お兄さん。 お兄ちゃんがもっと真面目に計画して原稿を書いていれば、特に問題は起きないと思うんだけど。 大塚さんの気苦労も4割くらいは減るかもよ。 でもとりあえず五月蝿いので作りたての焼きそばを与える。 ついでにあの時の事をお兄ちゃんに聞いてみる。 「そういえばさ、お兄ちゃん。昔、私が中学生くらいの奴らと喧嘩したことあったじゃない?あれって結局、どうなったんだっけ???」 私がそういうと、お兄ちゃんは焼きそばを口に加えつつ、頭をひねる。 どうでもいいけど、せめて口の中に入れてよ、焼きそば。 しかしお兄ちゃんの答えは私の期待していた通りには帰ってこなかった。 まぁ、お兄ちゃんに期待して期待通りだったことなんてほんの数えるほどしかないんだけど。 「…そんなこと、あったか?俺はどうでもいいことは忘れる主義なんだよ」 …単に物覚えが悪いだけだったりして。ある意味高齢期障害だ。 しかし、一理あるかもしれない。私が全然覚えてないほど、どうでもいいような事だったのかも。 「あーあ、でもあの頃のお兄ちゃんは優しかったなー。今のと取り替えたいくらい」 「あーあ、あの頃の廉は可愛かったなー、俺の事尊敬してたりして。取り替えたいもんだ」 むむ。お兄ちゃんと私は無言で睨み合う。 くそっ!!意地悪なお兄ちゃんなんて大嫌いだっ!!! 兄の心、妹知らず…? ――――――――――――――――――――――――――――――――― 妹(廉)に優しいお兄ちゃん(栄治)を書きたかったんだけど…、残念。 次回からやっと本題に入れそうだ…。 ドロドロだ〜。 |
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