大地に轟く声


全てを呪いなさい


さぁ聞け、大地の怒りを


貴方たちを苦しめるものたちを


決して誰も、止めることなど出来ないのだ





++4頭のドラゴン





「それにしてもっ!なっかなか、急な、山だよねっ!!」


しかも岩だらけで歩き辛い。歩くだけで擦り傷が出来る。

もう村からこの山に向かって軽く2時間は経っていた。

メルのいる位置から少し離れたところに、ブルーが頑張って登っているのが見える。


「ブルー、大丈夫―?ここいらで少し休もうかー?」


女の子の体力でココまで登れるのは中々のものだろう。

しかしかなりきつそうだが。

でもブルーはぶんぶんと頭を横に振った。

これ以上足手まといにはなりたくなかった。自分で付いて行くと決めたから。

更にそれから1時間という時間をかけて、メルとブルーはようやく目的の場所に辿り着いた。

村長さんの話によると、目の前にあるこの洞窟から竜の棲み処になっているらしい。

実際あの生贄の女の子も、ここに連れて来れられる予定だった。


「さてはて。ここに噂の竜がいるのかな?…入っても平気?ブルー」


「……えぇ、そうですね。ここで待っていたって竜が出てくるとは限りませんし。…でも、慎重に行きましょうね、シーア様…」


「おーけー。…じゃ、進むよ…」


そう言って、2人は暗い洞窟の中へ入っていった。








洞窟の壁に手を当て、ゆっくり進んでいく。

結構長い洞窟で、大きさも広さもかなりあるようだった。

その割りには湿り気は余り無かった。定期的に強い風が入り込んでいるからだ。

奥へ奥へ進んでいくに連れて、何か音が聞こえるようになった。


「…シーア様、この音って…」


ブルーの言いたい事は分かった。この音はどう考えても人工のものではないと。

何か、この先にいるもの、つまりは竜の声だという事に。

そしてその声がもうかなり近いところから発せられている事に。

そこからは更に慎重に進んで行った。

暫くすると、長い道が終わり、大きな空洞に出た。

そこに、いた。

大きな身体を持つ、本などに描かれている、竜の姿が。


「……すっごい…大きいね…」


あまりの光景に、上手く言葉が見つからない。

それは隣にいるブルーも同じようだった。




「…えぇ、私たちの優に5倍以上はあるのでは…?しかも…」


竜は1頭ではなかった。頭と身体は、それぞれ4つあった。


「た…ただでさえ竜を倒すのなんて無理なのに…、4頭も…」


今すぐここから逃げ出すべきだ。ブルーの本能がそう言っていた。

そしてそれを今すぐ提案すべく、振り返る。

しかしそこにあるのは、驚愕して恐れあがっている顔ではなかった。


「うわぁお、凄いねぇ。いやぁ、居ないもんだと思わない方がいいね、ブルー。案外こんなところに、4頭も居るんだから」


青ざめて動揺したブルーは、隣に居る姫の言葉に耳を疑った。

だがいくら疑っても、メルの表情で丸分かりだ。

メルは怖がりもせず、ただ感心していた。本当に竜がいるものなんだなと。


「ブルー、凄いね。まだこの世界も捨てたモンじゃないよ。ねぇねぇ、竜って格好良いと思わない?触ってみたいなぁ」


ハッキリ言って、物凄く楽しそうだ。目が生き生きしている。


「もう!シーア様、違うでしょ!?私達、竜を退治しに来たんじゃないんですか!?」


「でも…、こんなに立派だとは思わなかったしさ。ほら、大きな鱗。綺麗だねぇ」


「無理ですよっ!絶対退治できませんっ!!いくらシーア様が強くても、4頭のドラゴン相手じゃ分が悪すぎますっ!!!」


ブルーの言葉に、メルは深く考え込む。それは流石にメルも思っていた事だからだ。

確かに4頭の竜を2人で倒すのは不可能だろう。

でも、こちらにも生贄の少女を救わなければならないのだ。諦めるわけにもいかない。


「うーん、じゃあいっそ、もう村を襲わないように説得してみようか?」


メル本人としてはかなりgood ideaだと思ったらしく、凄い自信満々に語る。

それをみて、ブルーは重い溜息を吐かざる得なかった。




「…シーア様、話し合いに応じてくださるような方々なら、村の方々が苦労する事はないのでは?」


「確かにそうだけど…。でも、きっと誰も『話し合いをしよう』なんて言ってないと思うよ?これは僕の勘、だけどね」


言われてみればそうである。というよりまず竜に『話し合い』を求める方がおかしいだろう。


「よし、そうと決まれば早速話しかけて…」


大きく息を吸い込み、大声で叫ぶ用意をするメルを、ブルーは涙目で止めた。


「やっぱり駄目ですぅぅぅぅっ!!!話し合いなんて絶対成功しません!!!まだ気付かれてないんだから即刻逃げるのが得策ですっ!!!!!」


がしぃっとメルにしがみ付き、上目遣いで懇願するブルー。

こんな事されたら、男だったら一溜まりも無いだろうと思いつつ、メルは困った顔をした。


「…でもさ、ブルー。…今の大声で、竜たちが僕たちに気が付いたみたいだよ…?」


「…え…?」


竜たちは一斉に首をメルたちに向け、睨みつけていた。

とても歓迎してくれているような表情とは思えない。


「えーっと…、とりあえず僕の話、聞いてくれる?」


メルは友好的な笑顔でそういってみたが、返答は火炎弾で出された。


「うーん、交渉不成立って奴かな?それとも話が通じなかったのかな?」


「どっちにしたって、敵って事ですよ!!攻撃してきてるんですからっ!!!」


すっかりツッコミ役になりつつあるブルー。

しかしツッコミながらも愛用の杖を構える。メルも剣を構え体勢を整えた。

竜たちも戦闘隊形へ入る。暫く無言の睨み合いが続いた。

メルは不思議でならなかった。

どうもこの竜たちの心理を図りかねていたからだ。

何だかおかしい気がする。これは本当に竜たちの意思で行われていることなのだろうか。

もしそうなら、とっくに麓の村は消えているのではないか。

最近になって、暴れ始めたと村の人々は言った。その理由が知りたかった。

考えられるのは2つだ。

1つは最近になって、村人や近隣の人間が竜を怒らすような事をした。

これも無いとは言い切れない。だがメルにはどうにも腑に落ちないものがあるのだ。

そしてもう1つが、誰かが竜を唆した、という事だ。

確かに竜は強い。だがその竜を操れない事はないのだ。力ある魔術師ならば。

魔法が使えないメルだから、魔法の知識は豊富だった。

だから上位魔術だが、心を操る事が出来ないわけではないのだ、魔術で。

もしも、彼らの怒りが魔術のものならば。


「ブルー!!もしかしたら僕たち、助かるかもしれない!!!」


「ほ…本当ですかっ!!?ど…どんな方法なんですかっ?!」


「僕が合図したら、回復の神術をあの竜たちにかけてほしいんだ。…頼んだよっ!!」


「えっ!?か…回復ですかっ!!?シーア様っ!!!」


それだけ言うと、ブルーの止める声も聞かず、メルは勢いよく走り出した。

そして竜からもブルーからも見えやすい、小高い岩の上で立ち止る。

ハッキリ言えば竜からとても狙いやすい位置だ。

そこでメルは、大声で叫んだ。


「…大地を鳴らし、空を羽ばたく竜たちよ!!何故、あなた方は怒りに身を任せているのですか?我ら人間が、あなた方の逆鱗に触れたというのでしょうか!?ならば問いたい。それは一体なんだったのですか?我らに至らない所があるというのならば、仰って下さい。私がその旨を皆に伝えましょう」


竜たちは、皆メルに注目していた。しかし襲っては来ない。話を聞いている。

凄く怖かった。だが震えてはいけないとメルは頭の中で言い続けていた。

弱い部分を見せてはならない。見せた瞬間に、竜たちはメルへの興味を失くし、殺すと分かっているから。

このような手合いは、貴族相手と同じだ。

貴族社会では、自分の脆い部分を見せてはならない。自分が優位に立たなければならないのだ。

だからメルは、ぐっと汗をかいている手を握った。

また言葉を紡ごうとしたとき、今度は竜がメルに近づいてきた。


『…我らは古き時代より、この場所に住んでいる、力強き竜である。そんな我らが何故、人間に怯え、遠慮してこんな山奥深くで暮らさねばならない…。若き人間よ、これは復讐だ。長く虐げられてきた、我ら竜の…』


竜の言葉は強かった。しかしメルもココで負けるわけにはいかなかった。

気を強く持ち、真っ直ぐ目を見て語りかける。


「ではまた問わせていただきます。ならば何故、今頃になってそのような事を仰るのです?長き時、そのような憎しみを抱いていたのなら、何故今まで我らに復讐をしなかったのですか?」


メルの畳み掛けるような質問に、竜は顔をしかめた。

竜からの返事は中々返ってこなかった。

それより、竜たちが苦しそうに見えるのは気のせいだろうか?


「…あなた方は、魔術をかけられているのではないですか?何者かに、人への憎しみが増えるように。それならば今その術を解き放とう、…ブルーっ!!今だ、術を!!」


「は…はいっ!!」


ブルーは緊張しながらも、竜たち全員に掛かるように、大きく杖を振った。

神術をかけて暫くすると、竜たちの怒りを表すだった荒い息もだんだん静まっていく。

そうしてやっとメルとブルーはホッとする事ができた。

竜の様子も大分落ち着いたところで、メルはまた話しかけた。


「もう大丈夫ですか?……普通に話せます?」


『…あぁ、もう大丈夫だ。…すまなかったな、人間よ。迷惑をかけ、尚且つ怪しげな魔術から救ってもらった。礼をいう…。あと普通に話してくれ、人間と話すのは久方ぶりなのだ』


そう言う竜の表情は穏やかだった。

様子の変わりようにブルーは驚いていたが、メルはニッコリ笑って『わかった』と答えた。


「村の人たちには僕らから伝えるよ。『キチンと山の守り神である竜たちを羨むように』って」


「えぇ、あなた方が本当は優しいという事をキチンと伝えれば、共存できるかもしれませんしね。気持ちが通じ合えば、きっと出来るはずです」


『…ありがとう、心優しき人間よ。…お前たちの名を、聞きたいのだが…』


「あ、はい。私はブルネット・アルマジーと申します。どうぞブルーと呼んで下さい。こちらは…」


「僕はメルデシア。メルデシア・ジーニアス・コードウィルっていうんだ。メルって呼んでよ」


ブルーは丁寧に、メルは軽く名乗る。

その違いが楽しいかのように、竜たちは笑って答えた。


『我らは個々に名は無い。我らを表す名はヴァイルのみだ。だからそう呼ぶがいい。…この恩は決して忘れぬだろう。我らはメルとブルーが必要とするとき、いつでも駆けつけようぞ。同じ世界を共に生きる事が出来る事を喜ぼう』


何だか改まって礼を言われると、照れてしまうが嫌な感じはしなかった。

少し体勢を崩すと、眩しい光がメルを照らした。

崩れた岩の切れ目から、赤い夕日が沈むのが見えた。


「わわっ!!もうこんな時間だよっ!!!ヤバイ、早く山を降りなきゃ。きっと今頃死んだ事になってるよ、僕ら」


「まぁ本当ですわ。そういえばスッカリ忘れてましたけど、グロウ様に何も言わず出て来てしまっていますし…、急がないといけませんね…」


『ならば我らが村まで送ってやろう。背中に乗るがいい』


「わぉラッキーv助かるよ、ヴァイル。ブルー、急ごう!!」


2人は竜の背中に飛び乗った。

そして生まれて初めて、大空を舞う事になったのだ…。







「…僕、暫く空飛ぶのは、いいや…」


「そうですか?結構気持ちが良かったと思ったんですが…」


「…うえぇ、まだ頭がぐらぐらしてるよ…」


麓の村までだったので、そう大した距離ではないのに、メルはスッカリ参ってしまった。

逆にブルーはとても楽しかったらしく、ほくほくの笑顔だ。

村人は最初、驚いて大パニックとなったが、ブルーの説明を受け、何とか納得したようだ。

メルたちにはお礼といって報酬と食料を分けてくれ、今はグロウの待つキャンプへ帰るところだ。


「それにしても、一体誰がこんな事を?」


メルはブルーに聞いた。ブルーは少し俯き考え、今度はメルの目をジッと見て言った。


「…こんな術を、ましてや竜に使えるなんて。相手は相当の実力の持ち主ですよ、シーア様。ハッキリ言えば、王宮魔術師並みの力でないとこんな事は不可能です」


その表情はとても硬い。真剣に言ってる事が良く分かるくらい。


「そんな力のある方がこんな事をなさるなんて、これは非常に危険な事態です。直ちに国王陛下へ進言を…」


「…聞くと思う?あの王宮のお堅い連中が?それに一介の冒険者のいう事なんて、聞きゃーしないでしょ」


「それならば私の父に言うべきだと思います。父から王に伝えてもらえば、きっと…!」


ブルーの父親は侯爵の地位に居る。つまり貴族の中ではかなり偉い地位を持ってるのだ。

確かにブルーの父が言えば、王宮の連中も黙ったりはしないだろう。


「…でも…、僕、あんまりブルーのお父さんに、会いたくないんだけど…」


何故ならば、絶対にバレるからだ。自分の正体が。

そうなったら城に連れ戻される確立がかなり高い。


「いいえ、シーア様。こんな危ない魔術師を野放しにして良い訳がありません。一刻も早く王に伝えるべきなんです。このままにしておけば、今回のようにルドア、人間双方に多大な被害が出るかもしれません。…まさか、シーア様とあろう方が民に被害が及ぼされると考えられる事を、そのままにしておこう、などという事は無いでしょうね…?」


「………ブルー、それ脅迫…」


しかしもうメルに反撃する手立てはない。


「では、決まりですね。次の目的地は、私の実家があるアルマジー領です!」


「はぁぁぁ…結局行かなきゃ駄目なのかぁぁぁ……」


メルの溜息と同時に、メルたちが普段寝ているテントの屋根が見えた。

朝の場所に戻ってきたのだ。


「おぉ!?やっと帰って来たか、お前ら。何処行ってたんだよっ!!」


丁度夕飯だったらしく、片手に焼き魚を持って待っていたのはグロウだった。

その表情は怒ってるというより、心なしかスッキリして見える。


「洗濯物はとーっくに乾いてるぜ?あそこに置いておいたから、自分らでたためよ」


「…今日、ずっと洗濯の事やってたの?グロウは」


メルは思わず呆れ顔。しかしグロウはその事に気が付いてない。

寧ろ誇らしげに語る。


「あぁ!!もう染み一つ見えやしねぇ!!完璧だ!!!あー気持ちいい〜」


「…やっぱり君、ちょっと変だよ…」


どこが?と言いながらグロウは魚を食べ始める。ちまちまと。意外に潔くない。


「あ、グロウ様。次の目的地が決まったのですが、よろしいですか?」


自分とメルの分の夕飯を早速作り始めたブルーがグロウを見ながら問う。


「あ?どこだよ。何か理由でもあるのか?」


「まぁ…ね。ちょっとアルマジー領に寄ろうと思ってね。ブルーの実家があるところ」


「ん?『アルマジー』ってブルーのファミリーネームじゃなかったけか?」


「そだよ。だってブルーは侯爵家の跡取り娘だもん。アルマジー領の領主はブルーのお父さんだよ」


余りの驚きに声も出ないようだ。

何とかグロウが声を出せるようになったのは数分経った後だった。


「そこに、何しに行くんだよ。…もしかして、『娘さんをくださいっ!!』ってか?」


「…なんでそうなるかな?違うよ、ちょっと進言しなきゃならない事が出来たからね。その為さ」


メルはそう言うと、バッと地図を広げる。


「今はここだから…、この森を横切っていく方が早いね。よし、明日からそっちを目指そう」


そして大きい森をペンで囲む。そこには『テトラウス』と書かれていた。



その日の夜、メルは大回転しながら大空を飛び回る夢を見て、朝から気持ちが悪くて仕方が無かったらしい…。




「あら…?あの竜たちにかけた魔術が、無効化されている…誰かしら?」


暗い闇の中から聞こえるのは、若い女性の声。

あの竜に語りかけていた声と、全く同じ声。




「…まぁいいわ。全部成功してしまったらつまらないし。…次は、どの手を使おうかしら…?」


クスクスと楽しそうに笑う。無邪気に。

しかし闇から新たな気配が生まれた。無言だったが。


「え…。次は、貴方が行くの…?…そう、気をつけてね…いってらっしゃい…」


先刻生まれた気配はまた消えた。

後はもう、何も聞こえなかった…。