「何故、貴方たちがここに隠れ住まなければならないの?」


高めの、女の声がその場に響いた。


「貴方たちはとても気高くて強いのに。何故、人を恐れ、怯えなければならないの?」


その声を聞いていると、だんだん人への怒りが広がっていく気がする。

聞いてはいけない。そう思っても、声はどんどん頭の中に入ってくる。


「恐れ、怯えなければならないのは、本当は逆。…だったら仕返しをしてあげないと」


…そうだ。我々はずっとこの暗き場所で暮らしてきた。

何故このような仕打ちを受けなければならないのだろうか。

何十年ぶりかの大きな叫び声を上げ、身を、心を震わせる。

女はその様子に、満足そうな笑みを浮かべた。


「そう、それでいいの。………怒りに身を任せて…」


それだけ言い残し、跡形も無く、消えた。







++4頭のドラゴン







「…オイ、今日は移動しないからな」


朝ごはんを食べながらグロウはメルとブルーに言った。


「?何で?」


メルは率直にそう聞き、ブルーも頭に?を浮かべている。

そんな二人にグロウはわざとらしく、ごほんと咳をし、本日の予定を言い放った。


「今日は今まで溜めてきた汚れ物を綺麗さっぱり洗い流す日とする!!」


そう言われた後も、メルとブルーは暫く?を浮かべていた。

つまりは今日を『洗濯の日』にすると言ってる事に気が付いたのは数秒経ってからだった。

メルは怪訝そうな顔をして、グロウを見つめた。


「なんでさ、イキナリ。しかもバッチリ野宿なのに」


文句を言うメルに対して、グロウはちっちっちと舌を鳴らす。


「甘いぜ、メル。『野宿』だから洗濯するだよ。街や村辺りで洗濯なんかしてみろ。場所代、水代、洗剤代全部取られるに決まってるじゃねぇか。だったらここで全部やった方が安上がりなんだよ」


メルは思わずグロウに拍手を送った。

彼の素晴らしき節約精神に。

ブルーはと言うと、グロウの話に目を輝かせていた。

生来、綺麗好きな彼女としては反対する必要は全然ないのだろう。


「…でも、僕面倒くさい………」


メルも綺麗な方が好きなのだが如何せん面倒くさいのが苦手で。

しかし、結構旅を一緒にして来たグロウはメルのその性質を良く分かっていた。


「大丈夫だ。下着以外は俺が全部洗ってやる。お前はテキトウに時間でも潰してろ」


その申し出に、メルは驚きを隠さなかった。


「……グロウ、もしかして洗濯、好きなの?」


「おう。洗濯は俺の趣味といっても過言ではねぇぞ」


世の中には、変わった人が居るものだ。

メルはホトホト世界の大きさを感じることになった。















「はぁ、洋服が乾くまで結構時間あるし、どうする?ブルー。グロウ、暫く染み抜きしてると思うし」


メルが指差す先には、大きく染みになっている布を幸せそうに洗っているグロウがいる。

暫くはあれを続けている事だろう。

あんなに幸せそうに洗濯をする人間を見たのは初めてだ。

思わず感心してしまった。


「そういえば、ここから少し森に入った所に、小さな村がありますわ。そこに行って、少々食料を調達するのはどうでしょう」


ブルーは地理観に長けていた。

自分たちが今どの辺にいて、何処にどんな村があるのかは大体頭の中の地図に入ってるらしい。

そのブルーが言うのだから、間違いないだろう。


「そうだね、暇だし。その村に行ってみよう。面白い事もあるかもだしね。じゃあ早速行こう」


「あ、でも、グロウ様に何も言わなくてもいいんですか?」


「いいんじゃない?どうせ言ったって気が付かないだろうし。洗濯物が乾くくらいの時間に帰ってくれば問題ないない!」


そう言って、メルとブルーは森の中に入っていった。

勿論、その事にグロウは全然気付く事はなかった…。











1時間も歩かないうちに、メル達は小さな村に辿り着いた。

しかし、そこには活気と言うものが全然無かった。

いくら小さな、長閑な村だからといって、流石にこれはおかしい。


「…なんか、あったのかな?」


「…えぇ、もう少し奥まで行ってみましょう、シーア様」


二人はそのまま村の奥へと歩いていく。

そうすると、20人くらいの人が列を成しているのが見えた。

どうやら何かの儀式をしているらしかった。


「…お祭り、なんでしょうか?」


「いや、それにしては様子がおかしくない?皆顔が沈んでるし、ほら、泣いてる人も…」


ますます分からなくり、メルはその列に近づいた。


「あの、僕たち旅の者なんですけど、これは一体何の儀式なんですか?」


メルに聞かれた男性は、浮かない顔をして、前方に見える山を指した。


「今から、あそこの山に住み着いているルドアに、お嫁に行くのさ。…ほら、あの子だよ…」


山を指した後、男は別のものを指差す。

指先に見えたのは、まだ10にも満たない少女だった。

やっとこの状況が分かり、ブルーは顔を真っ青にして抗議した。


「なんて事っ!!それは嫁に行くとは言いません、生贄と言うのです!!ヴェルダーナ神の教えに反します!!即刻止めるべきですっ!!!」


思いがけず大きな声になってしまい、悲しんでいた村人の殆どがブルーに注目した。

しかし、返って来たのは諦めと怒りの声だった。


「そんな事は分かってる!!!でも生贄を捧げなきゃ、この村は全滅だ!!!誰かが犠牲にならないと、全員死ぬんだよ!!!!冒険者も、こんな辺鄙な村には来ない。来たとしても、帰って来た奴なんて1人も居ないんだ…」


「じゃあ王国軍は?凶暴すぎるルドア退治は王国軍の仕事でしょう?」


ずっと黙ってたメルが手を上げて意見を言った。

しかし男は首を横に振った。悔しそうに拳を強く握って。


「……王国軍は、話すら聞いてくれなかったよ。…『軍』って言っても、名ばかりのボンボン貴族が多いからな。相手が『竜のルドア』と分かった途端、追い出されたさ」


メルは「あっちゃ〜…」と言いながら頭を抱える。

本当に最近の王国軍は役に立たない。全くもってけしからん。

それよりも凄い事を聞いた気がする。『竜のルドア』と。

ルドアの中でも、最も強く知能の高いルドア、それが竜[ドラゴン]だと言われている。

竜はその一叫びで大地を震わし、生きるものを畏怖させる。

それでいて酷く長寿でも有名である。軽く1000年は生きるらしい。

そして長く生きた竜の中には、人の言語を理解し、魔法まで操る竜までいるらしい。


「…へぇ、竜のルドアって伝説上の生き物じゃなかったんだ…」


「えぇ、そうですよ、シーア様。ただ、その数は本当に少ないらしく報告事例は殆ど皆無だと聞きます。それがこんなところにいたなんて…」


王領内ではなくても、ここはまだ王都に近い位置にある。

そんなところに竜が住んでいるなんて信じられない事だった。


「…じゃあ、僕らが行ってみようか。その竜のところに」


メルのその一言は決して大きな声ではなかったが、村人たちはその瞳に微かな希望を照らし、メルを見つめた。

今度驚くのはブルーの番だった。


「なななななな!!何言ってるんです、シーア様!!竜ですよ、竜!!殺されちゃいます!!」


「僕らが放っておいたら、そこの小さなお姫様がね」


これから竜の下へ連れて行かれる筈だった少女が、二人を見ている。目を丸くして。


「でもでもでも!!シーア様が殺されてしまいます!!シーア様は、この国の…っ!!」


勢い任せに言っちゃいけない一言を言おうとして、ブルーはメルに口を押さえられた。

暫く抑えられて、落ち着いて、やっと静かになった所を見計らってメルは手を下ろす。


「そう。だからさ。困ってる人を助けられないのに、国を守れるわけないじゃないか。僕たちは守られるのが仕事なわけじゃないんだよ?」


ブルーは何も言えなくなってしまった。ただギュッと杖を抱きしめる。

メルはくるっと回転し、村の人たちを見た。

皆が、メルの一言を待っているのが分かった。

そして、自分にはその一言を与える勇気がある事を、知っていた。


「…僕が行ってきます。その竜、倒せるかどうかは分からないけど、頑張ってみる。だから、そこのお姫様を連れて行かないでください」


わっと歓声が湧く。

哀しい別れの涙が、喜びと希望の涙に変わった。


(…あぁ、だからこの方は…)


こんなにも輝いて見える。ブルーにはメルが眩しい光のように映っていた。

だから、この人と共に居たいと思うのだ。


「シーア様。どうしても行くというのなら、私も連れて行ってください。私も、頑張りますから」


白くて細い腕に、精一杯の力を溜める。

少しでも、この人の力になりたいから。

真剣そうなブルーの目に、メルはにっこり微笑んだ。


「うん、いこう。2人で行けば、大丈夫だよ」


差し出された手は、暖かい。

笑顔は、不安で落ち着かない心を包んでくれた。


「はい…、シーア様…」


2人は、竜の待つ山を見つめた………。