++嗚呼、私の3人目の王子様 last part++
手を伸ばして 声が聞こえる
まるで昨日の事みたいに 何時までも、その一瞬を照らしてる
だから神様、 もう一度あの人に会えますように
「ブルネット、確か君の今日の仕事は、パスの発行だったね。頑張るんだよ」
そう言って大司祭は自分の持ち場、礼拝堂へ去って行った。 ブルーもそれを笑顔で見送る。
「さて、私ももう行かなくちゃ。頑張りましょう」
必要な書類を持ち、ブルーはちょっぴり急いで廊下を歩いた。
グロウは大きな教会を指差し、大げさに叫んだ。
「ここだここ!!いやー、久しぶりだなー。自分のパス取りに来て以来かー」
「ふぅん。まぁグロウ、信仰深いって感じじゃないもんねぇ。で、ここで何すんの?」
メルののんきなその言葉に、グロウは大きく肩を落とした。
「あのなぁ!!!この前から散々説明しただろっ!?簡単なアンケート受けて、んで少し待てばパスが手に入るんだよ!………あと言っておくけど、余計な事言うなよ。面倒になるから」
ジロっと見られて、だがメルはのほほんとそれを返す。
「大丈夫大丈夫。僕も教会関係者にあんまり係わりたくないからね。さっさと終わらして、さっさと次の目的地、もとより王領から出よう」
「…お前、よーっぽどこの領内から出たいんだな…」
当たり前だ。自分の父親の力が強いところなんだから。 見つかったら連れ戻されるだけじゃない、前より酷い生活が待ってるだろう。 自分のしたいことを出来ない人生に何の意味があるんだろう。 だから絶対嫌だった。父親に見つかったり、連れ戻されたりするのは。
(まぁ、知り合いなんて殆ど居ないし。大丈夫大丈夫)
楽天家の納得なんてこんなもんである。 かくして早速教会にやってきた2人は礼拝堂には脇目も向かず、パス発行所を目指した。 教会の中は、流石に国一の大きさを誇っているだけあって凄く綺麗だった。
「ほれ、着いたぞメル。さっさと終わらしちまえ」
「はいはい。そんなに焦るなよ…っと。あの、パス取りたいんですけど、いいですか?」
メルがそう聞くと、「どうぞ」という女の人の声が聞こえた。 大教会、というと男の神官というイメージがあったが、女性も居たんだな、と素直に感心した。 顔は見えなかったが、優しく2・3質問してくれて、助かった。 やはり嫌な感じのおっさんに質問されて答えていくのはあんまり好きとは言えない。
「では、最後にお名前を。出来れば本名がいいですが、偽名でも構いません」
「メル。それだけでいいですか?それ以上は言えないんで」
「分かりました。1時間ほど聖堂でお待ちください。パスを発行出来次第お渡しいたします」
「ごくろーさまです。……だってさ、グロウ」
「じゃあそこら辺ブラブラして時間でもつぶすかー。1時間ほど経ったら戻ってくりゃーいい だろ」
「そだねぇ。でもさ、何処か行くところあんの?」
ピタっとグロウの動きが止まる。どうやら無いらしい。 そうだろうなぁと思って、メルはグロウを教会の塔に誘った。 そこは街を一望出来る凄い場所だった。流石のグロウも息を飲む。
「お前、よくここがこんなに綺麗な場所だって知ってたなぁ。来た事あんのか?」
「いや、無いよ。でもこういうところの一番綺麗な場所の探し方、昔ある人に教えてもらってね。大体予想が付くんだよ」
だって似たようなところに住んでたから。 嫌な事があった日は、こんな所で夕陽を見ていた。 嫌な事だらけの城の中で、唯一好きな場所だった。 教えてくれたのが、あんな奴だってのが尺だけど。 教えてくれた彼もこんな所を知ってるって事は、彼なりに嫌だと思うことがあるのかもしれない。 とても想像が付かなかったが。 そんな事を思いつつ、だが何も言わないでボーっとしていたら、扉の開く音がした。 顔を覗かせたのは、若い女性の神官だった。
「あぁ、こちらにいらしたんですね。はい、パスが出来上がりました……よ」
わざわざ持って来てくれたらしい。 珍しい女性神官にグロウは「おー、べっぴんさん」なんてわけの分からない事を言ってる。 たまに思うのだが、グロウは中々親父臭いと思う。
「持ってきてくれたんだ、ありがとう。………あの、僕の顔に何か付いてる?」
お礼を言って、差し出されているパスを受け取ろうとしたのだが。 神官のお姉さんはメルの顔を見て、驚愕して固まっていた。 彼女が何か言おうとした、だがその言葉は消されてしまった、人々の悲鳴に。
「きゃぁぁぁぁっ!!!!誰か助けてぇぇぇっ!!!」
「盗賊だ!!!!盗賊が襲ってきたっ!!!!!」
その声を聞いて、メルとグロウの目の色が変わる。 2人とも何も言わずに、塔の階段を駆け下りだした。 女性神官はその場に1人、取り残されてしまった………。
「ラッキぃぃぃいぃぃぃ!!!!こんな所で収入源ゲットぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「…グロウ、君にはボランティア精神ってものがないのかね」
こんな大変な時に不謹慎にも喜びまくるグロウにメルは呆れたと言わんばかりに言い放った。
「ねぇ!!!親切心じゃ、飯が食っていけねぇ!!!」
確かにそうなのだが。 メルとしては困っている人を助けてお金を貰うのは結構心苦しい所があった。 だから貰うお金もかなり低い額になっている。 『ありがとう』その言葉だけで、それだけで満足できるから。 まぁ、大してお金に困っていない、というのも理由の一つなのだろうが。
「…っと。あいつらじゃねぇか?盗賊団って」
「そうみたいだね。……って、あれぇ?」
2人の視線の先には、いかにも悪人っ!という顔をした人たちが…。
「…ん?何かどっかで見たことあるようなフレーズだなぁ…」
「何だよ、知り合いか?」
「いや、盗賊団には知り合いはー………」
ふっと思い出が横切った。 随分前な気もするが、実際は2週間も経ってない。 あの時、王都を襲っていた間抜けな盗賊団に、似ている気がするのは気のせいだろうか。
「………どーしてここにいるんだろ…。脱獄?」
呆れたくなる。騎士団の杜撰な警備に。 でもこのままにもしておけない。 メルとグロウは飛び出した。ある作戦にそって。 命名:『あんな間抜けな奴ら、混乱させて一気に叩けば余裕だよ』作戦。 急ごしらえな作戦なのに、そんなんであっという間に片付いてしまった。
「……弱ぇ……。面白みもカケラもねぇ………」
「…君たちさ、もー少し考えてから行動すれば?」
思わず2人から同情をかわれてしまったり。 だが、メルはふっと気が付いた。 あの最も悪人面の、首領格の奴がいない。まだ捕まえてない。 でも街に居た奴等は、グロウと一掃したから…。
「………聖ミルシアリス大教会っ!!」
それだけ言うと、メルは一気に教会に向かって走り出す。 驚いたのは捕まえた盗賊たちを締め上げていたグロウだ。
「あ?ってオイ待てよ!!こいつらどうすんだよ、メル!!!!」
でも、こいつらだけを置いていく事なんて出来なくて。 グロウは呆然とメルを見送るしか出来なかった。
「…くそっ!!何でここにあの王都のガキが居るんだ!?また牢屋に戻るのだけは勘弁だ!!」
よほど牢屋生活が嫌だったらしい首領格の男は、大教会の中を走り回っていた。 元々戦う術を知らない神官たちは、我先にと逃げ惑う。 こんな中逃げるのは、楽勝。そう男が思ったときだった。
「…っもう止めてください!!この聖なる地から、早く出て行きなさい!!!」
ここに居た者全てが、いざと言う時こそ女は強い、と誰もが確信しただろう。 男の目の前に立っていたのは、あの女性神官、ブルーだった。 だが、流石に震えてる。この一言を言うのが、精一杯の勇気だった。 助けて欲しい、そう思った。ふと思い浮かんだのは、あのときの。
「なんだ?ねぇちゃん、俺に文句でも……」
「あるよ、悪人。とっとと牢屋に戻れ」
飛び込んできたメルの飛び膝蹴りが、男の頭を直撃した。 男がゆっくり倒れて、やっと人々は安堵する事が出来た。
「ったくよ!!いきなりどっかいったと思ったら 1人で格好付けやがって!!」
「悪かったって。でも解決してよかったでしょ?お礼金、どうせ貰ったんだろうし」
ジロっとメルが見ると、グロウは慌てて目を逸らした。図星らしい。 吹けてない口笛なんか吹いてたりする。
「あ…あのっ!」
後ろから声をかけられて、2人して同時に振り返る。 立っていたのは、パスを渡してくれた女性神官、ブルーだった。
「あぁ、貴女はとても勇気がある人なんですね。無事で何よりです」
にこっとメルは笑う。その笑顔を見て、ブルーは驚いていた。 その驚きに、メルは?を飛ばす。何か変な事があっただろうかと。 しかしその疑問は、次の一言で吹き飛んでしまった。
「……あの…、貴方は、貴方様はもしかして、シーア様…ですか?」
「!!!……ごめん、ちょっとこっちに来て。…グロウ、あっちの酒場で時間潰してて」
明らかに焦った様子でメルはブルーを引っ張った。 そのあと、グロウに財布を投げる。これで飲んでろ、と付け足して。 そしてメルはブルーを人気のない場所に連れて行った。
「……ここならいいか。……君は…、あぁ、ブルネット・アルマジーか。随分綺麗になってたから、思い出せなかった。ごめんね、元気だった?」
よく顔を見て、メルは思い出したように言った。苦笑して。 ブルーとしては、少しでも自分の事を覚えていてくれた事に感動していた。 一緒に暮らしていたといってもほんの数ヶ月。しかも話なんて殆どしなかったのに。
「私、ずっとずっとシーア様にお会いしたい、と思っていました。あの日、私を助けてくださった後すぐに城にお戻りになられて、お礼も言えませんでした。だから早く一人前の神官になって、シーア様にお仕えようと思いました。でも…、こんな所でまたお会いできるなんて…。しかも、また私を助けてくださるなんて…。しかも今日夢でも見たばかりだったのに…。嗚呼、神のお導きなのですね…っ!」
ブルーの目はキラキラ光っている。 メルとしては恥ずかしいやら照れるやら、痒いやらで結構きつかった。 でもそんな事言ってもブルーは聞いてくれないだろう。 そんな予感がした。そしてそれはきっと正解だと思う。
「あら?そういえばシーア様。お城に居る筈では?王族の方々がいらっしゃるなんて話、聞いてませんし。王族ならパスなんて必要ないでしょうし。それに、供の者は先刻の彼1人なのですか?見かけませんが…」
痛い所を突いてくる。 流石この若さ、しかも女性で大教会の神官の地位を手に入れただけはある。 メルはポリポリと頬を掻いた。 何を言い訳にしても駄目な気がした。 それと、何と言うかこの女性には嘘を吐きたくなかった。 自分を本当に好いてくれているのが分かるから。 そんな人、メルには1人も居なかったから。
「………供は1人も居ない、先程の彼は旅の同行人。前行った村で会って、そのまま成り行きで一緒。パスをGETしにきたのも、何時までも王領に居られないから。連れ戻されたら全く無意味だろ?家出したのに」
きぱっと言い切った。嫌な事はさっさと言ってしまった方がいい。 呆然としているブルーを見つめ、メルは満足そうに笑った。
「せめて僕が王領から出るまでは王様には内緒にしておいてよ?まだ帰る気ないし。それではブルネット・アルマジー、これからも頑張ってね。僕に仕えるってのはどうかと思うけど、仕事をしている貴女はとても輝いていたよ」
それだけ言うと、メルは振り返らないで、そのまま街へ駆けていく。 止められたくないから、というのもあったが、まず一番心配なのは。 今頃散々飲み明かしているであろう相棒に預けた財布を心配して。 メルだって、お金が要らないと思っているわけじゃない。
街に戻ると、案の定グロウは酔っ払いまくってた。結構飲んだと見た。
「全く、だらしない兄貴分だな、オイ。早くここから、ってか王領から出るよ。パスあるし」
「あ〜〜〜?なぁ〜〜んだよ、メル。お前もの〜め〜よ〜〜〜」
「飲まない。ってか未成年に勧めんな。そんな事言ってるなら僕の財布から代金出さないよ?」
グロウの飲み続ける手がピタッと止まった。それと同時に酔いもある程度醒めたらしい。 さっさと飲んだ酒代を置いて、もう店を出てしまったメルに追いつく。 グロウは妙にニヤニヤしていた。まだ顔も少し赤い。
「で。先刻の神官の娘、お前とどういう仲なんだよ。もしかして恋人だった、とか?」
「そんな風に見えた?恋人じゃないけど、昔、ちょっとね。僕の家も知ってるから、せめて王領から出るまでは家に連絡しないでって言っておいた」
なんだ〜つまんねぇ〜〜〜とか言いながらグロウは空を仰ぐ。 だが、ん?と言って振り返った。メルは気にせず歩き続ける。結構早歩きで。 寧ろさっさとこの街から出たかった。嫌な予感というものは、大抵当たる。
「おい、何か追っかけてきてっぞ」
「知らん。さっさと歩けば追いつけないだろ。ほら、足動かして」
「いやだって。本気で一生懸命追っかけてんだって。俺、そんな健気な女の子放って置いて旅できるほど、神経太くないぞ?」
太い太くないの問題でもない気がするけど。でもメルも早歩きを止めるしかなかった。 追いかけてきた人物がメルの名前を連呼し始めたから。
「シーア様!!待ってください、シーア様!!!待ってくれないと本名で呼んじゃいますよ!?ファミリーネームまで一気に行きますよ!?」
凄い脅し文句だ。でもメルが絶対に止まることを分かってる。 それでも一生懸命走ってきて、追ってきたブルーは大きく息を吸って吐いていた。 何と言うか、そういう動作は妙に可愛い、とメルは思っていた。
「…ブルネット。君は一体何をしてる?早くお仕事、戻った方がいいと思うよ?」
「えぇ、だからお仕事に行きます。旅修行の許可を大司祭様と大神官様に頂きました。というわけでシーア様。ご一緒させていただきます」
にこりと笑い、とんでもない事を言ってくれる。 盗賊やルドアが多いこの世で、別にしなくてもいい旅修行をしたがる者など無に等しい。 大教会勤務のエリート神官ならなおさらだ。 きっとブルーがそれを打ち明けた時の2人の驚きようは半端じゃないだろう。
「………よく許したね、君の父親にも許可をまだ取ってないんだろう?」
「えぇ、でも父ならきっと理解してくれます。大丈夫です。だから連れて行ってください」
瞳は真剣み帯びている。決して生半可な覚悟じゃないらしい。 それは分かったのだが。
「…だけどブルネット。僕達についてくるって事は、結構どころかかなり危ないんだよ?」
「承知してます。でもシーア様が危ない目にあってるのを見過ごす事なんて出来ません。シーア様がご実家に戻られる気になるまで、お供させていただきますっ!」
こういう時の女性が、いかに頑固かメルは知ってる。 大抵の男じゃ、こんな女性に勝てない事も。今のメルも、勝てない事も。
「………分かったよ。好きにしていい。その代わり、最低限の自分の身は守ってよ?……ってことなんだけど、いい?グロウ」
随分会話に混ざれないでいたグロウに、メルは話を向けた。 グロウはグロウで道の真ん中だっていうのに、半分寝かけていた。 話を振られて、やっと覚醒する。
「いいじゃねぇ?別に。それに、神官だろ、その娘。って事は癒しの術が使えるんだろ?」
「えぇ、一通り。まだ微々たる力ですが…」
「OKOK、それで十分だ。あ、俺はグロウ・シダールだ。なんて呼べばいい?」
今度はメルを置いてけぼりで2人で話が進んでいく。ある意味グロウの仕返しっぽかった。
「私、ブルネット・アルマジーと申します。どうぞブルーと呼んでください、グロウ様」
「おぅ。でさ、ブルー。メルとはどんな関係なんだ?あいつに聞いてもはぐらかされるし」
にんまり、意地悪い笑いだ。でも決して悪い顔じゃない。 ブルーは2人より少し前で歩いているメルを見つめて、メルに聞こえないように、言った。
「シーア様は、私の3人目の王子様です。掛け替えのない、大切な人なんです」
グロウはその言葉に呆気に取られている。ブルーはメルに向かって走った。 そして、思いっきりその小さくて細い腕に抱きつく。
「シーア様。シーア様も私のこと、ブルーとお呼びくださいvv」
「…じゃあ僕の事も様付けしないで呼んでよ」
「本名で呼んでいいんですか?」
「………だめ……」
降参っといった感じで、メルは項垂れた。 ふっとブルーの髪の、優しい香りが漂ってきた。 まぁ、別にいいか。そう思った。 メル自身、ブルーが嫌いじゃないから。 一生懸命、無表情な自分に話しかけようとしていた少女に、嫌な気はしなかったから。 だからブルーが吹雪の夜、行方不明だと聞いて、探しに行く気になった。 その後会う事が無かった少女が、今自分の横に居て、一緒に旅をするのも妙な気がしたが。 とりあえず、嫌じゃない。それでいい。
「さ、次の街へ行こうか。2人とも」
目の前には道がある。
2004.11.3 |
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