++嗚呼、私の3人目の王子様 First part++

 

 

どうしてそんなに寂しそうなの?

 じっと、外だけを見つめている貴方

 

どうしてそんなに悲しそうなの?

 でも決して泣かない、無表情な貴方

 

だけどあの時の

 貴女の声は、とても優しかった。

 

決して忘れる事の無い、あの日。

 決して忘れる事の無い、あの声。

 

 

 

 

「だーかーらー。パスポートは聖ミルシアリス大教会で配布してるんだよ。そこで登録して、初めて国内領地を行き来できるパスポートが貰えるって訳だ」

 

「…分かったけどさ、それ、本名じゃないと駄目なの?」

 

かなりまずい。流石に本名言えば一発でばれる。

そうだと考えると、パスポートを取りに行かない方がまだマシだ。

 

「いや、そこら辺は大丈夫だ。偽名だって何だって構わないし。用は、自分達の信仰への誓いと寄付金集めが目的なんだよ。だから結構いい加減なんだ、そのへん」

 

思わずそれでいいのかよ、と言いたくなるが、コチラとしてもそれはラッキー。

案外顔知ってる人が居るかもしれない、と言う不安を全く抱える事無く、

お気楽にその聖ミルシアリス大教会へと歩み始めた。

 

 

 

―――同時刻、聖ミルシアリス大教会―――

「おや?ブルネット、今日はかなりご機嫌だね」

 

「あ、大司祭様、おはようございます。そうなんです、夢見が良くて…。わかります?」

 

ブルネットの返事に大司祭はにっこり人のよさそうな笑みを浮かべた。

ブルネットは普段から別段、表情が悪いわけではないのだが、

今日は誰が見ても一発で分かるくらい嬉しそうだった。

そのくらい、幸せそうな笑みを浮かべていたのだ。

 

「とても、とても大切な人の夢を見たんです。久しぶりで、夢の中でも嬉しくて…」

 

「きっといつも頑張っているブルネットへ、主がプレゼントなさったのだね。もしかしたら本当にその人に会えるかも知れないよ。そうなるといいね」

 

「えぇ。でも、その方に会える事は無いと思いますわ。…だって遠い所に居ますもの…」

 

ブルネットは近くの窓から連なる山々を見つめる。

あの山を越えた所に居る人を想う。

実際の距離としては、そんなに遠いというものでもない。

でも、想い人は遠い世界の人だから。

あの時の、優しい声を思い出して、少女は切なく微笑んだ。

 

 

 

その人は突然ブルネットの前に現れた。

まだ、修道学校の寮で暮らしていた時。確か10歳になってすぐの事だった。

 

「ブルネット。今日から貴方にルームメイトの世話を申し付けます。…よろしく頼みますよ」

 

そう言って院長先生は1人の少女を連れてきた。

第一印象としては、ただ、暗いなと思った。にこりともしなかったからだ。

でもそのあと先生から事情を聞いて納得した。

少女は、母親を亡くしたばかりだった。目の前で。

でも、その話を聞いてしまってから更に、話しかけ辛くなってしまった。

自分はそんな思いをしたことが無い。

だから、どう話せばいいか全く分からなかったのだ。

 

季節は巡り、奇妙な共同生活はもう2ヶ月となっていた。

早朝の礼拝は、流石に冬はきつい。真っ暗だし、物凄く寒い。

皆ひそひそと愚痴を溢しているのに対し、1人の少女は何も言わず、ジッと前を見つめていた。

これまでの生活で、少女は何でもそつなくこなしていた。

良家のお嬢様の筈なのに文句を一つも言わず。

しかし、少女とこれまでにした会話は数えるほどしかなかった。

ブルーは、この少女の笑った顔を見た事がなかった。

確かに母親が亡くなったすぐ後では、笑う気にもならないだろうが、

もう2ヶ月も経っているのに、一度も無い、というのは流石に異常を感じさせた。

そんな時だった、ブルーにとって、全てが180度変わる出来事が起こったのが。

 

 

ある雪の降った日、ブルーは森に来ていた。

今日授業で行った回復魔術の復習をする為だ。

ブルーの通う修道学校では、神官になる為の勉強の他に、回復魔術の勉強もする。

いや、神官になるためには回復魔術を使える事必要があった。

回復魔術を習う事が出来るのは、神官になると心を誓った者のみ。

普通の市民に使う事は出来ない。故に神官は重要視されるのだ。

まぁつまり、より強い術を使いこなせる者が、どんどん出世する世界と言える。

もともとブルーは回復魔術の才能があったし、優等生だ。

しかしどうにも分かり辛い術を今日教わった。だから練習に来たのだ。

森の中はシーンとしていて、静かだ。風が木をすべる音、雪を運ぶ音しかしない。

ここはブルーの秘密の練習場所だ。他の誰にも話した事は無い。

暫く森の中は、風の音と、術を唱えるブルーの澄んだ声だけになった。

 

 

それから数時間後、少女――メルは周りの騒がしさを感じて目を覚ました。

別にメルは神官になりたいわけでもない。ここに居ると暇なのだ。

それなりに自主勉強をしたり、読書をしたりしているのだが、どうにも飽きてしまう。

しかも匿って貰っている訳だから、おおっぴろに動く事もできない。ハッキリ言って憂鬱だ。

ちょっと部屋の扉を開けてみると、普段は質素で静かな学生達が必死になって走っている。

 

「?何かあったのかな?それとも何、なんかのイベント??」

 

暫くすると、部屋がノックされ、院長が入ってくる。

 

「…ブルネット・アルマジーは、この部屋に戻っていませんね?」

 

「………さぁ、今まで寝てたんで知りません。でも鞄が無いから帰ってないんじゃないかな?彼女に何かあったんですか?」

 

「午後の授業の後、姿を消しました。…何かに巻き込まれていなければいいけれど…」

 

ふっと時計を見ると、もう8時を回っていた。夕食に居なかった事で皆気付いたのだろう。

外はもう暗い。というか夕方には止んでいた雪がまた降り始め、吹雪いてる。

もし外に出たなら、やばいかもしれない。

 

「………敷地内は全て探し終えたのですか?院長」

 

「…えぇ、生徒達総動員で探しました。…しかし…」

 

それを聞いて、メルは置いてあったコートに手をかけた。

 

「…姫?まさかこの吹雪の中、外を探しにいくのですか!?」

 

「だってそれしかないでしょう?もし本当に外に居るなら、生死に係わります。だったら探しに行くしかないでしょう?悪戯に時間をすり減らすよりはマシだと思いますよ」

 

メルはそれだけ言って、院長の返事を待たずに部屋を後にした。

吹雪は予想以上に凄かった。それだけに足を速めた。

 

 

ブルーは偶然見つけた洞窟の中で縮こまっていた。

しかし身体を温めるものなどは無く、ただ震えていた。

少し雪が降り始めたので帰ろうとしたが、すぐに吹雪いてきて方向感覚を失ってしまったのだ。

幸い洞窟を見つけて、身を護る事に成功したが、このままでは確実に死んでしまう。

 

「…誰か…、助けて…」

 

ふっと頭を過ぎるのは、優しく時に厳しい父、随分あっていない従兄弟のお兄さん。

ブルーが生まれて特別に好きになった人たちだ。

公爵という名誉ある地位に負けないくらい働いている父は、ブルーにとって最初の王子様だった。

少し歳の離れた従兄弟は、昔から大好きだった。結婚していたが、二人目の王子様に違いない。

不意に涙が流れる。嫌だった、このまま死ぬのが。

まだ生きたい、と思った。でも、自分が冷たくなっていくのも、分かっていた。

今流した涙すらも、凍っていく。

 

「……ブルネット・アルマジー?生きてる?…あぁ、まだ息はあるみたいだね」

 

いきなり風以外の音がする。そんなに大きな声でもないのに洞窟に響いた気がした。

しかし涙で濡れて、目がよく見えない。

 

「…動け…そうにもないね。………よっと」

 

声の主はあっさりブルーを担ぎ、ブルーの上からコートを羽織った。

そして何の躊躇いも無く猛吹雪の中をざくざく歩き出した。

 

「うっはー、寒いなぁ。冷凍みかんが作れそうだよ。あ、寝ちゃ駄目だよ、ブルネット」

 

この吹雪の中をものともせず、声の主は真っ直ぐ進んだ。

それからも色々話しかけてくれた。ブルーが寝ないように。

その声の一つ一つが、ブルーの耳に残る。落ち着く声だった。

 

「さ、着いたよ。もう大丈夫、眠ってもいいよ」

 

そう言われて、ブルーは素直に意識を手放した。

 

 

目が覚めたのは学校の保健室だった。

何人もの友人達が叱咤し、そして泣きながら喜んでくれた。

ブルーはそんな友人達に感謝し、本当に助かったのだ、と実感していた。

そんな折、院長先生がお見舞いに来てくれた。

 

「迷惑をかけて、申し訳ありませんでした、院長」

 

「いいえブルネット。貴女が無事ならそれでいいのです。本当によかった。そう…、それと貴女のルームメイトの事なのですが…」

 

「はぁ、どうかなさったんですか?まさか今度は彼女が行方不明……?」

 

「いいえ、彼女は昨日出て行きました。昨日の騒ぎに乗じて………」

 

そう言われると、大して話した事もなかったルームメイトなのに、寂しい気がした。

考えたら名前すら、まともに聞いていなかったのだ。

 

「そうですか…。院長先生、彼女の名前を教えてくれませんか?私、名前を聞けないままだったんです。せめて名前だけでも覚えて居たいから…」

 

院長は少し躊躇い、そして誰にも聞かれないような小声でブルーに告げた。

 

「…決して他の人には言ってはいけませんよ。彼女の名前はメルデシア。メルデシア・ジーニアス・コードウィルといいます。…実を言うとね、ブルネット。貴女を助けたのは彼女なのですよ」

 

ブルーは空いた口が塞がらなかった。暫く一緒に暮らしていた少女は、この国の王女だった。

自分を助けてくれた、あの優しい声の持ち主は、あの少女だった。

 

「王家内のゴタゴタを避ける為、我が校で内密にお預かりしていました。しかし貴女を担いで帰ってきた時に、流石に先生方に気付かれまして。これ以上迷惑はかけられない、と言い、単身王都へ旅立たれたのです」

 

そう言って、院長は一枚の紙切れをブルーに差し出した。

そこには急いで書いたのだろう、走り書きで『お大事に』と書かれていた。

誰が書いたのなんて、考えなくても分かった。

ブルーはその紙をぎゅっと抱きしめた。

 

「…私、頑張って神官になります。メルデシア様に、昨日の恩返しをしたいと思います。私を助けてくれた、あの雄々しい手。私を励ましてくれた、あの優しい声。 …私は、あの方を護る為に居るのだと今、直感しました、いえ、神の声が聞こえました。メルデシア様…いえ、シーア様。私、これからは貴女の為に頑張りますわっ!!!!」

 

 

 

ブルー…否、ブルネット・アルマジーはそう誓った。

あの日から、『愛しのシーア様』と再会する為に頑張ってきた。

そして、この聖ミルシアリス大教会の神官になった。

そうだ、と大司祭が足を止め、ブルーに話しかける。

 

「結局、その大切な人、ブルネットにとってどんな人なんだい?是非聞いてみたいね」

 

別に命令ではないよ、と付け足して。その問いにブルーはにっこり笑って答えた。

 

「王子様、です。私の3人目の王子様です。お父様と同じくらい大切な人ですv」

 

その笑顔に、嘘も何も無かった。そんな彼女が部下である事を、大司祭は誇りに思った。

もうじき多くの旅人がここを訪れる、何時もと変わらない今日が始まる。

だけど、何故か今日という朝は、何時もより輝いて見えた…。