++2人旅もいいかもしれない last part++

 

 

 

それを見た時、あいつはどんな顔をするだろう

 なかなか想像もつかない

 

お前には笑っててほしいから

 俺がお前の笑顔をつくるから

 

ただ、喜ぶ顔がみたかっただけなんだ…

 

 

街を駆け抜けて、やって来たのはあの武器屋。

 

「おう、攻めて来よったか。さっさと使えよ、もう店を閉めるんやから」

 

「すまねぇな、おっはん。ま、許してくれや」

 

挨拶も程々に、グロウは早速作業に入る。

グロウは慣れた手つきで、メルの剣を打ち直し始めた。

 

「ったく、新しい剣を買った方が早いってのに、物好きな奴だな」

 

おじさんがカウンターの中からグロウに話しかける。

確かにそうなのだ、買った方が早いし、場合によっては安くつく。

冒険者としては、安く、いいものを手に入れたほうがいいに決まってる。

だけど今回はそう妥協したくなかった。

初めて、メルの身内話を聞いた。その瞬間、何だか本当に信頼された気がした。

だからそんなメルの思いを壊す真似はしたくなかった。

でも、だからといってこのままの剣じゃ戦えるわけがない。

そう思ったとき、ここの店の工房を思い出した。

この店のおじさんが、昔オーダーメイド用に使っていたものだ。

幸い、剣の鍛え方なら知っていた。家の近所にいた鍛冶師に教えてもらった技術だ。

打ち直していると、ふと気付く。

メルの剣は結構古いが、かなりいい剣だ。手入れもしてある。

それに剣にはコードウィル国の紋章が入っている。

そんじょそこらで手に入らないのは一目瞭然だった。

 

「あいつ…、やっぱいいところの出か?…意外に王家の王子様、なんてな」

 

言ってて自分の仮説に笑えてくる。

そんなわけがあるはずがない。王子様がこんなところにいるわけない。

王族や貴族なんてものは、もっと煌びやかに己を着飾って、農民や町人・商人たちが払う税を甘い蜜のように吸ってる奴らだから。

グロウは自分にそう言い聞かせた。そして作業に没頭することにした。

絶対この辺りで疑われていい筈なのに、グロウの先入観が幸いした。

 

 

 

メルは夢を見ていた。

夢を見ること自体は何ら不思議がない。メル自身嫌がらない。

でも過去の夢をみるのは、別だ。ハッキリ言えば大嫌いの部類に入る。

城に居た頃の夢だ。メルは長い廊下を歩いていた。

途中色々な人にすれ違うが、程度のいい者でお辞儀をし、

悪い者で無視をして通り過ぎていった。

メルは優秀な、しかし地味で目立たない子どもを演じていた

そうすれば誰も文句を言わないことを幼いながらに得心していたからだ。

メルとしては、勉強は嫌いじゃなかった。

それは将来1人で生きていくのに役に立つ事だから、積極的に勉強した。

礼儀作法もきちんとこなした。

『レディとして…』とか興味はなかったけど、覚えておいて損はない。

別分父親や他の義母達、多くの兄弟から虐めを受ける事もなかった。

ただ、何も話さない。そんな事が何年も続いていた。

だからメルは何時も一人ぼっちだった。

 

母が死んだ。

 

そこからメルの心は180度回転をした。自分の力で生きていく事を決意した。

別に、母が死んで悲しかった事は大してない。

病死じゃなかった、自殺だった。

母は耐え切れなかったのだ、メルという存在に。

その点では『悪い事をしたなぁ』とは思えど、自分が生まれてきた事は否定しない。

メルの異常に気が付いたのは、メルが3歳の時だった。

その日を境に母は変わった。優しい母親から狂った母親へ。

そしてその5年後、自らの命を絶った。呪いの言葉を残して。

夏の避暑地として使われていた館から飛び降りた。

 

 

娘である、メルの目の前で。

 母で『あったもの』は、簡単に潰れた。

 

 

目の前が紅く染められた。

 母の死体は不気味に笑っていた。

 

 

がばっと起きた。勢いよく。

動悸がまだ激しい。横にある水に手を伸ばし、口に含む。

やっと落ち着いてきて、ふと窓の外を見た。

東の空がやや明るくなってきているが、時間的にはまだ夜中。

しかし別分眠くもなかった。随分寝ていたようだ。

時計を見ようとして、気が付いた。自分の剣がないことに。

 

「嘘だっ!?昨夜寝る前に、きちんとここに置いたはず……」

 

泥棒が入ってきたのだったら目が覚めるだろうし、

あんなボロ剣、盗んだとしても何の得にもならない。

それなのに剣はなくなっている。

急いで隣のグロウの部屋に駆け込む。が、グロウの姿はそこにはなかった。

20分ほど待ったが、帰ってくる気配はまるでなかった。

可能性としては2つ。

1つはメルにも気取られないほどの達人が、メルの部屋に入り込み、

何らかの理由であの剣を持ち去った。グロウはそれを追いかけていった。

何らかの理由があってメルを起こさずに。

もう1つはグロウが何らかの理由で剣を持ち去った、というものだ。

どっちにしろ、鍵はグロウが握ってる可能性が一番高い。

急いで着替えて、メルは街の中を手当たりしだい探し始めた。

 

 

 

その頃グロウは、やっと剣を仕上げたところだった。

額の汗を拭い、剣を掲げる。

剣は先刻とは見違える程の物となっていた。

 

「よし、こないなもんでええやろ。どや?おっはん」

 

「……あぁ、やはり売り物とまではいえんが、まあまあやろ。

 やけど無茶をすれば折れる、それを覚えておくんだな」

 

「あぁ分かってる、用心しておくよ。やあ邪魔したな」

 

工房を使わせてもらった代金を置いていくと、

随分明るくなった空を見て、グロウは急ぎ足で帰って行った。

 

 

 

メルは焦っていた。全然見つからないのだ、グロウが。

 

「僕を置いて街を出た…ってことはないだろうけど…」

 

でも言い知れぬ不安もある。

グロウが居なくなったらどうすればいいんだろうか。

 

「…いつもと変わらない。…城に居た時と、変わらないだけだよ…」

 

そう思いたかった。けど違う。

何だか分からないけど、胸が痛い。

それがどんな感情かは分からない。随分昔に忘れてしまったような、そんな感じだ。

メルには分からなかった。それが寂しいという感情だという事は。

 

「………メル?何やってんだ、こんな朝早く」

 

ふと見上げれば、グロウが立っていた。何食わぬ顔で。

メルは驚いて、何も言えない。それを見てグロウは笑っていた。

メルはまだ驚きながら、ポツリポツリと話し始めた。

 

「起きたら…、剣が無くて、…グロウも居なくて。何か、…あったのかと思って、探してたんだ」

 

その言葉にグロウは柄にもなく照れた。

本当に真剣に探してくれたのが、痛いほど分かったから。

それだけ自分はメルにとって、大切な人間なのだという気がしたから。

 

「あ?何だもう起きちまったのか(効き目薄いな、眠り草)悪かったな、わざわざ探させたりして」

 

グロウはそう言うと照れながらメルに剣を差し出した。

 

「悪いな、勝手に借りた。でも一応戦える程度には鍛えておいたぜ?」

 

鞘から抜くと、本当に剣は見違えるほど輝いていた。

先刻と同じ位、メルはビックリしてしまう。

剣とグロウを何度も見返した。

 

「……鍛えてきて、くれたんだ。………ありがとうっ…!」

 

ぎゅっとグロウに感謝の気持ちを体で表す。抱きつく形で。

それに驚いたのはグロウだ。驚くというより大慌て。

真っ赤になってどう対処したらいいのかおろおろしてる。

メルはというと驚きのプレゼントとグロウが居たという安堵感で、

そんなグロウには全く気が付いていなかったり。

結局朝日が昇って、街の人々に冷やかされるまでそこにいたとか。

 

 

 

全然寝てないグロウの為に、出発は午後にした。

午後まで居るならいっそもう一日泊まればいいのに、とメルが言ったがグロウが断固反対した。

ここは商人の街だ。商人の街といえば、噂の周りが早い。

一晩なんて泊まったら、また色々冷やかされるに違いなかった。

ゆえに野宿覚悟で、2人は街を後にした。

どっちにしても、噂されている事には違いは無かったのだが。

 

 

 

喜んでくれて嬉しかった

 探してくれて嬉しかった

 

これから一緒に行こう

 俺達は、仲間だから……

 

 

 

2004.7.30   とるこまりん改め葛餅まりん