++2人旅もいいかもしれない First part ++
2人で一緒に歩きましょう 少し相手の歩幅に合わせながら
2人で一緒に話しましょう 未来の話に華を咲かせながら
2人で一緒に旅しましょう きっと大切な思い出になるから…
「何?その『パスポート』って」
「……お前、本当に何にも知らないのな。…よく家を出る気になったよ…」
もうグロウはすっかり呆れていた。 メルと一緒に旅立って5日が過ぎた。 5日も一緒に居れば相手の事がだんだん見えてくるものだ。 グロウの場合、職業柄というのもあるだろう。 そして結果。メルは物凄い世間知らずだという事に行き着いた。 頭はいいのだ、知識もそれなりにある。 だけどお金の上手な使い方や、普通に暮らしていれば嫌でも身に付く事が メルには全く身についてないのだ。故に世間知らずだというわけだ。
「あのなぁ、『パスポート』を持ってない旅行人なんて聞いた事ないぞ。…ったく。…っとこれが『パスポート』だ。一種の身分証明書にもなる。これが必要な理由だが、これが無いと他の領地や国に行く事が出来ない。まぁ今は他国に行くには王自身の許可がないと行けないけどな。とりあえず、これがないとここ、『王家領』から出る事が出来ないんだ」
それを聞いて、メルは素直に感心し、そして内心焦っていた。 いつまでも王家領に居れば、捕まって城に連れ戻されるのは時間の問題だ。 とりあえずこの領内から出なけりゃならない。
「ねぇグロウ!その『パスポート』って何処で手に入るの!?僕、そう長い間この領内に居るわけにもいかないんだよ」
「まぁ家出人だしなぁ。分かった、教えてやるよ。『パスポート』を発行しているのは、各領内にある教会だ。ここは王家領だから、発行してるのは『聖ミルシアリス大教会』だな。行くか?って、聞くまでも無いよな」
メルは返事の代わりに満面の笑顔で返した。
「よし、じゃあ先にパランディーに寄るか。どうせここからじゃあ通り道だし」
その街の名に、メルは聞き覚えがあった。 確か『商業の街』として発展していて有名な街である。
「お前、旅支度ってもんが全くできてねぇからな。俺の旅支度だけじゃあそろそろきつくなるし、まぁ準備ってところだ」
よくよく調べてみると、メルが持っているモノと言えば なかなかお金が収納されている財布・刃が毀れている剣・古い手鏡・そして最低限の衣服くらいだ。 これを見てグロウは更に呆れ果てていた。 『家出するにしたって、もう少しまともな物用意しろ』と、怒られた。 だからメルは『家出じゃない!』と3回ほど反抗した。 ギャイギャイ騒ぎながら、それ以上に騒がしい街、パランディーに辿り着いた。
「うちの店は何処より安くて良品だよっ!!!」
「お、もうかってまっか?旅の人かい?装備を揃えるならうちの店が街、否、国一番だよ!」
そこはメルにとって、未知なる世界のようだった。
「凄いよ、グロウ。僕ここの人たちが何言ってんのか全然わかんない」
「…はぁ?あ、お前『マーチャント』は始めて聞いたのか」
グロウの言葉に、凄い勢いで首を縦に振るメル。 グロウの説明では、『マーチャント』と言うのは商人共通語みたいなものらしい。 商人特有の話し方で親しみを感じ、よりよい取引を成功させる為と言っていたが、真実は定かではない。 街の至る所に様々な店が並んでおり、メルにはどうすればいいのかさっぱりだ。 もうそこら辺はグロウにお任せする事にした。それにしても。 思わずメルが感心するぐらいグロウは凄かった。 数多くある店々の中から安く・そして品質のいい店を選び抜き、どんどん買い物を済ませていく。 最後に自分たちの命を護る、装備品の店へとやってきた。
「ここはな、俺の贔屓の店なんだよ。俺の装備もここのだ。…おーい、親父―っ!」
結構年季の入った店に居たのは、これまた年季の入ったおじさん(酷い言い様) グロウが話をつけている間、メルは店内の装備品を見て回っていた。 無造作に鎧の一部をひょいと持ってみるが、重くて持ち上がらなかった。
「むー…力、ないんだなー……。もっと鍛えなきゃ…」
これでも鍛えている方なのだが、勇者になるにはまだまだだ。 すると話を終えたグロウがメルのところに来た。
「お前に鎧は向かないだろ、ちっこいし。だったら軽装のがいいと思うぞ。防御力はぐんと減るが、素早さがある。身軽の方がいいだろうし…。そうだ、剣も新しいのにしなくちゃな。あれじゃあもう使い物に…」
「あ、剣はいい。あれのままで平気。防具の方だけ揃えてほしいんだ」
その言葉にグロウは顔をしかめた。 メルの剣は随分使い古してあって、もう使い物にならない事が分かっていた。 そんな剣で旅をするなんて無茶だ。 だが、どんなに説明しても、メルはそれを受け入れる事はなかった。頑として。
「なんだ、思い入れでもあるのか?見たところ普通の剣に見えるけど…」
その質問にメルは少し躊躇った。でもグロウではなく剣を見て話し始めた。
「この剣ね、父さんから昔貰った物なんだ。後にも先にも、貰った物はこれっきりだけど。父さんとしては、不用な物をゴミ箱に捨てる感覚だったんだと思うけどね。まぁ僕としては、それ以降ずっとこいつで修行してたわけだから、愛着が、ね」
本当の話だった。 母親が死んだ後、メルはとにかく目立たないように暮らしていた。 そんな中で唯一興味を抱いたのが剣術だった。 兄が3人いて、各々の師範に扱かれている姿を見て、思ったのだ。 そして、その頃はまだ子供で、ぽろっと言ってしまったのだ。
「………私のが上手に出来るのに」
その言葉に父は、メルに使い古しの剣を投げ、兄達と戦わせた。 勿論戦い方など知らないメルは惨敗。 つまりは『つまらない事を言うな』という警告として、その剣を投げたのだ。 しかしメルは諦めなかった。 丁度その時期出会った師匠に剣の使い方を教わった。 今では、ある程度の騎士じゃ太刀打ち出来ないほどの実力は自負していた。 その実力をつけるまでの事を思い返すと…………、あんまり思い返したくない。
「まぁ、色々あってさ。何か、手放したくないんだ。だからいいや。大丈夫、戦えるから」
「……ふーん。そんなもんか。そういえば、5日も一緒に居て身内話が出たの、初めてだな」
「あぁ、あえて避けてたからねー。言いたくない事ってお互いあると思うし」
要するにあんまり身内話はしたくないのだ。それにはグロウもあっさり納得してくれた。 結局メルの防具を買ってその店を後にした。 そしていつも通り値切りに値切った安宿(メルがしたわけじゃない。何時もグロウが値切ってる) で早めの夕飯を済ませた後、各々の部屋で休む事にした。
その夜。 グロウは足音を忍ばせて、メルの部屋に入った。 事前にメルの部屋に眠り草のポプリを置いていったから、メルが起きる心配はない。 実際ベッドを覗くと、安らかというか幸せそうに寝ている。 毎日一緒に野宿していたのだが、こんな瞬間ドキッとするのは何故だろう。 そんな風に考えたが、本来の目的を思い出し、我に帰る。
「…すまねぇな。…少し借りるぜ」
聞こえてないのは十分に分かっているが、一応断りの言葉をいう。 そしてベッドの横に置いてあった、あの剣を手に取り、グロウは街へと向かった。
2004.7.24 とるこまりん改め葛餅まりん |
||