++あの空を度見てしまえば First part++

 

 

 

 

 

 

夢を見た

 見たいなんて思ったこと無いのに

 

何故あの人が笑っているか分からない

 そして私をじっと見る

 

見上げれば、酷く紅い空

 まるで血のごとく………

 

 

 

 

「…うっわ、嫌な夢見た…」

 

メルは飛び起きた。

空は薄ら青み帯びている。まだ夜が明ける少し前のようだ。

ここは王都より少し離れた小さな村の宿屋。

先日の夕方ここに辿り着き、小さな部屋を一つ、借りたのだ。

その前の日まで生活していた部屋の10分の1ほどの大きさしかないその部屋は、

メルにとってはどんな部屋より高級に見えた。

ずっと歩き詰めていたメルには、かなり落ち着けた。

城での部屋は、落ち着いて、安らげる部屋ではなかった。

その点からいうとここは、城の部屋以上のものだと感じたのだ。

それにしても、折角気の良い安堵感を味わっていたのに、目覚めは最悪だ。

 

「暫く見なかったからなぁ…、油断した。疲れてると眠りも深いらしいからな…」

 

一時期はこの夢しか見なかったけど、今はそんなに見る事もなくなっていた。

夕日は好きだが、あの赤は嫌いだ。血の赤は。

メルはぶんぶんと頭を振り、気持ちを切り替えた。

ささっと髪を整えて、下の食堂に降りる。

昨夜もここで食事をしたが、なかなかの味だった。

もともとメルは薄味が好きなのだ、王宮のような濃い味は苦手だ。

ひょいっと注文しておいたオムレツを口に放り込む。

そんなとき。

 

「それにしても……、困ったねぇ」

 

隣のテーブルから、このような声が飛び込んできて、メルは耳を傾けた。

 

「全くだ。こっちの作物もかなりやられてる。これも全部、あのルドアの大群のせいだ…。何で冒険者や騎士団は来てくれないんだ!」

 

どうやらかなりお困りの様子。

その様子とはウラハラに、メルは歓喜の余り震えて喜んでいた。

 

「城を出て早1日。早速僕の力を人々の役に立てる機会が訪れたんだね!!」

 

興奮しすぎてメルは今や店の注目の的だ。

だが本人は全然気にしていない。さらに前にある机にのぼり、ビシッとポーズを決める。

 

「そのルドアの大群、僕が引き受けた!!!」

 

その一言を聞き、一瞬反応が遅れて、村の人々が盛大な歓声と拍手を送る。

メルはというと、そんな自分に酔いしれていたりする。

そんな騒がしい状況を、端のカウンターに座っていた男が1人、涼やかに見ていた…。

 

 

 

村の人の話によると、そのルドアの大群は深夜皆が寝静まった頃に

やってきては、村の作物である野菜などを奪っていくらしい。

しかし、人を傷つけていないにしろ、相手はルドア。

村人たちが尻込みするのも仕方ないのかもしれない。

ルドアとは、凶暴性とある程度の知識を持つ動物の事だ。

その力の強さは常人の大人程度では太刀打ちできないほどだ。

だから、魔術師や腕の良い冒険者、

そして王国の騎士団などぐらいしか相手にしてはいけないことになっている。

しかし、年々の報告では徐々にルドアの勢いは増しているという。

魔術師は極端に数が少ない、騎士団は王都からなかなか離れられない。

最後の頼みが冒険者、というわけなのだが、

彼らの中には荒れくれ者や盗賊紛いの者も多く、それにやたらと金がかかる。

村人としては、出来るだけお世話にはなりたくない、といったところだ。

最初村人たちは、メルも冒険者だと思ったらしい。

『いくら金を要求するつもりなんだ?』と凄い表情で聞かれた。

メルは最初きょとんとして、にっこり笑って答えた。

 

「お金なんて要らないよ?だってお金に困って家を出たわけじゃないし。これはね、僕が人の役に立てる人間になるための第一歩なんだ!!だからその辺は気にしないでおいて。はっきり言えば、僕のためだから!!!」

 

キラキラしてます。村人達は皆唖然としていた。

鮮やかな夕日が完全に沈み、少し早めの夕食を食べ、メルは外に出た。

 

「さて!頑張ろうかな!お昼寝したし、見張りにでも……」

 

「おい、そこの餓鬼。簡単に引き受けてたけど、お前強いの?」

 

急に声をかけられ、思わず身構える。

背後に立っていたのは、旅装束の男だった。

と言ってもまだ、大人になりきれていない、と言った感じだったが。

 

「はて?僕はあなたと会った事があったっけ?急に話しかけるなんて、不躾だよ?」

 

メルがそう言うと、男はムッと極まりが悪そうな顔をした。

でもその程度じゃメルも態度を改めようとなんてしない。

 

「…そうだったな、まずはこっちから名乗ろう。俺はグロウという。ちなみに職業は冒険者だ」

 

「ご丁寧にありがとう。僕はメル。職業は……別にないや、旅をしてるんだ。で、その冒険者のグロウさんが一体僕に何の用?」

 

話しかけられる謂れが無い。冒険者ということは、この村の人間でもないのだろうから。

 

「俺はな、お前みたいな偽善者が大嫌いなんだ」

 

「……はぁ、別に見ず知らずのあなたに好かれたいなんて言った覚えないんだけど…」

 

「報酬も貰わずに、ルドア退治を引き受けるなんて奴は信用ならねぇ。しかも大体そういう奴に限って、自分の実力を見誤ってやがる。それで事態を収拾どころか悪化させて、本人の手に負えなくなって逃げるってのを俺は何度も見てるんだ。どうせお前もその口だろう?だったら今すぐ出てけ!」

 

メルはグロウの話を黙って聞いていた。

言いたい事を言って、暫くグロウも黙る。

先に口を開いたのはメルの方だった。

 

「そっか。グロウさんは、僕の心配をしてくれたんだね。ありがとう!」

 

「………は?どうやったらそうとれ…」

 

「だから、『実力がないと、大変』って教えてくれたんでしょ?で、最後の方は、『諦めるなよ、逃げるな!』って意味でしょ?大丈夫、僕は逃げないよ。だって、皆本当に助けを求めてるんだから」

 

メルの解釈に、グロウはその名の通り言葉を失った。

何度かその誤った解釈を訂正しようと目論んだが、

純真にそう信じきってるメルには何を言っても無駄。

先に諦めたのは、グロウの方だった。

 

「………ったく、こんな嫌味が通じない奴は初めてだ。もーいー、そんなに自信があるなら、とっとと倒してきやがれ。もし本当に倒せたら、後で酒でも奢ってやるよ」

 

「嫌味?あぁ、あれ嫌味だったの?駄目だよ、あんな程度じゃあ心配してるようにしか聞こえないから。あと、お酒はいいや、あんまり飲めないんだよね…」

 

「はぁ?お前、酒が飲めないなんて馬鹿言ってんだよ!!!酒はいいぞー。決めた、後で嫌ってほど飲ませてやる」

 

「げ…いいってば……」

 

メルは途中で言葉を切った。

グロウも先刻とは打って変わって鋭い目つきへと切り替わる。

大人より一回り大き目の黒い影が数体、村に入り込んできたのが分かった。

メルとグロウは、その場へと、走った。

 

 

 

異形の者達は

 眼を開き、牙を向ける……

 

 

 

2004.7.11   とるこまりん改め葛餅まりん