++魔力 0のおひめさま First part++
光り輝く大地 一度目に入ったら忘れる事はなくて
鼻をくすぐる優しい風 何処に行くのか聞きたくて
広く雄大な青空 この蒼を、自由に飛べたら
きっと………きっと………
メルの朝は早い。 別に早く起きる必要は全く無いのだが。 それでも毎日、同じ時間に目が覚める。これはもう習慣としか言いようが無い。 髪を梳かし、出来るだけシンプルな服装を選ぶ。 メルはあまり、ドレスというものが好きではなかった。 ゴテゴテしてて、何と歩き辛い事か。
「……えーっと、今日は………。作法の授業の後、そうか、ギルゲー様がお見えになるのか。………眠い、サボるの駄目かな…」
メルはこの国、コードウィル国の王女だ。 本名をメルデシア・ジーニアス・コードウィルという。 ただ長ったらしい名前なので、メル自身はあんまり気に入ってはいなかった。 普通王女様となれば、御付きの侍女の1人や2人位いそうなのに、この部屋にはその姿すら見えなかった。 当然である。出来る事は自分でやる、これがメルの王族らしからぬモットーだ。
「うーん。きっと、生まれてくる場所を間違えたんだな、うん」
なんと言って、1人で納得している。 シンプルなドレスを翻し、豪華な造りの窓を開け、部屋に新鮮な風を吹き込む。 その風を思いっきり吸い込んで、そして吐く。
「さぁ、今日も一日頑張るかぁ。おー」
わけの分からない掛け声をかけ、メルは部屋を飛び出した。 まだ日は昇ったばかり。 城下町からは、朝の支度が始まったらしく、白い煙が所々昇っていた。
「メルデシア様は、本当に礼儀作法がなってますのねぇ」
「そんな事はありませんわ。ディレッタ先生のお教えがあればこそ、ですわ」
そう言ってメルは貴婦人の微笑を浮かべる。 その笑顔に、先生は満面の笑みで席を立つ。
「ではメルデシア様、今日のお勉強はここまでに。ご機嫌あそばせ」
「えぇディレッタ先生、御機嫌よう。お気をつけてお帰りください………っと、こんなもんか」
先生が部屋を出ると、先刻の優雅さは何処へやら。どてっと椅子に座った。 この城で勉強を始めること早6年。すっかり猫だか熊だかを被るのが上手くなってしまった。 優雅な貴婦人を演じるのはとても簡単な事だ。 決まりの一つ一つを覚えて、それを正しく実行するだけだから。 それをするだけで誰でも、王族と認めてくれるのだから。 特にこの礼儀作法のディレッタ先生は、まだまだ遊び盛りな弟王子と妹姫達の先生でもある。 故に完璧な貴婦人を演じるメルを、死ぬほど褒めちぎってくれる。 勉強もメルにとっては苦ではなかった。 というより、ここではやれる事が高が知れてる。 必然的に、勉強などは頭に植え付けられてしまっただけだ。 それでも自分の為になるんだから、別に嫌な気はしなかった。 問題は、今日の次の予定だったりする。
コンコン
優雅に、そして軽やかに部屋の扉がノックされる。
「………どうぞお入りください。お待ちしておりました、ギルゲー様」
一瞬の内に貴婦人変化。ここまでくればいっそこれは技だろう。 静かに扉が開き、一人の男性が姿を現す。 それはいつ見ても凄い光景。人が花を背負っているのだ。 しかもキラキラしてる。何か妙な音楽まで聞こえる。
「やぁ、我が愛しの姫!薔薇の貴公子エーディワルト・フォン・ギルゲー、ここに参上いたしました!」
「………」
無言になるだろう、普通。 メルは何にでもすぐに順応するタイプなのだが、どうもこの人は苦手だ。 ただただそのことを気づかれないように、微笑んでおく。
「それにメルデシア姫、私のことはエーディワルトとお呼び下さい。なんと言っても、私は貴女の婚約者なのですから!」
12歳も離れていますが。 エーディワルト伯爵代理はメルの生まれた時からの婚約者、許婚である。 つまりは将来の夫である。夫婦生活は何度考えても、旨く創造できなかったけど。
「………そうですわね、エーディワルト様。ところで、今日は一体どのような御用で?」
「特別用はありません。しかし、貴女とはいつか結婚するのですから、色々お話でもしようと思いまして」
キラーンと歯が光る。本人は格好良いと勘違いしているらしい。 つまりは暫く帰ってくれないようだ。
(…ま、いっか。本当に結婚するんだし。エーディワルトさんのことを知っておくのも悪くない。それにこの人、伯爵代理やってるだけあって話は面白いもんな。領内の事も分かるし)
考察完了。そしてメルは、エーディワルトのお話に付き合うことにした。
「……そういえば、最近我が領内が騒がしいのですよ。…あぁ、こういう話は姫には興味がないでしょうし、それに余りよい話ではないのですが」
「いいえ、エーディワルト様のお話はとても興味深いものばかりですわ。どうぞお話になって」
多分とても興味のあるものでしょうから、と言う言葉は心に留めて置く。 エーディワルトの話によると、とてもまさにその通りだった。 彼の領地は、隣国・クロジュール国に一番近い場所にある。 故に関所なども多く、警備にはかなりの力を入れていると聞いている。 それなのに最近、許可なく領内に入り込んでいる者達がいるらしい。 まだ表立って何も事件は起こってないようだが、危険な事に変わりは無い。 しかも相手は余り良い噂を聞かない、クロジュール国だ。
「まぁ彼らも国に喧嘩を売るなどと言う愚かな行為をしてくるとは思いませんが。一応警備を強化しているという具合です。今日は王にその事を進言しに来たと言うのもあります」
すっとエーディワルトが席を立つ。時計を見ると、随分な時間が経っていた。
「では姫、私はこれにて失礼します。あぁ!!私が去るからと嘆かないでください!………大丈夫、貴女のエーディワルトはすぐにでも姫の元に駆けつけますから!!!!」
「そーですか。……っと、『お気をつけてお帰りください、エーディワルト様。またお会いすることを楽しみに待っていますわ』」
やっと帰るということで、思わず気持ちが緩んだらしい。 しかし、その豹変振りに気づかず、伯爵代理は華麗に帰っていった。 はぅ……と短い溜息をつくと、メルは窓の外を見つめた。
「……さて、今日は街にでも行くかな。何か起こりそうな気がする」
そう思って、何かが始まった事は無いけれど。 この青い空を見上げると、何故かそんな気になる。いつも。 ドレスを脱いで、普通の服に身を包む。 邪魔な髪は結い上げて。 警備が薄い、西のはずれの窓から飛び出した。
身に受ける風は心地よく 太陽は何事もなく輝き続ける
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